事件の見出しに思う

Excite エキサイト : 社会ニュース:「彼女がいない、この一点で人生崩壊」 秋葉原殺人犯の孤独と苦痛

日曜の白昼に起きた凄惨な事件は、こちら(アメリカ)でもニュースで報道された。
被害に遭われた方、その方々の身近の方々の心中を思うと、本当に胸が詰まる。
その無念さは、万言を尽くしても表せない事だろう。
事件に関して様々な思いはあるが、それはまた別の機会に、もっとよく考えてから書こうと思う。今この記事に思うことは、この記事につけられたタイトルのことだ。

一夜明けて、上記記事のタイトルが目に止まり、正直、とても驚いた。
あくまで、私個人の感情であることを明言した上で言わせてもらえば、一体どういう神経でこんな見出しを書いたのか、と一瞬怒りを覚えた。
まだ、事件から1日しか経っていない。当事者の方々にはまだ悪夢を見ている最中のような状態であろう。そんな時期に、何が殺人犯の「孤独と苦痛」か、戯言もたいがいにしろ、と。
そして、その次の瞬間に、ああ、こういうふうに人の心というのは簡単に煽られ、自分以外の立場の人の存在を忘れるのだな、と、自分自身に驚いた。





この記事の内容は、実は、容疑者の犯行前のインターネット掲示板への書き込みを紹介しているにすぎない。その内容は確かに自分をとりまく環境への不満と孤独を表したものであり、これを要約するのに「孤独と苦痛」とは少々斟酌しすぎのきらいがあるにしても間違いではない。
他の人間にはばかばかしく見えても、当人には重大な苦痛に思えることはある。だから、本人にとっては「孤独」であり「苦痛」だ、というその部分だけを切り出せば、論理として間違ってはいない。

けれど、もし私がこの記事の記者であったら、やはりこの見出しはつけられない、と感じる。理性ではなく、感情が拒否する。なぜなら、私はこの見出しに、不満や鬱憤を他者を傷つける事で晴らそうという心理に対する、一種の理解のようなものを感じてしまうからだ。「でも、彼も辛かったんだよ」と暗に言っているように見えてしまうからだ。

問題は、それが私の印象であって、万人の印象ではない、ということだ。
当然の事、十どころか百でも千でも承知しているつもりなのに、「何考えてるんだ、この記者は!」と怒りに火がついた瞬間にはそんな事には頭が回らない。
私と同じに感じた人もいるだろうが、そうでない人もいるだろう。
子供をもつ親は、自分の子供が同じ道を歩まないためにどうしたら良いか、という観点から、事件そのものの報道より殺人者の心理に重きを置くかも知れない。
自分自身も重大なストレスを抱えていて、この犯人と同じ思考に陥ったことのある人には、むしろこのタイトルは共感されるかもしれない。

この見出しをつけた人の真意は分からないが、ジャーナリズムに関わる人間であれば、当然その程度のことは考えているだろう。
そうして、怒りに任せて「どんなくだらない記事だ?」とリンクをクリックしてしまった私のような人間から、共感を覚えてクリックした人まで、多分幅広い層の閲覧者を得るのだろう。
おそらく、閲覧者数を得る、という意味では、この見出しほどうまくできているものはそうは考えられまい、と思う。

そう。うまくできてはいるのだが。

でも、釈然としない。
本当に、それで済ませてしまっていいのか。
私にとって、事件は痛ましい事ではあるけれど、どれほど被害者の方々の心境を慮っても第三者の域を出る事は出来ない。
それなら、ただ事件や溢れる記事に無責任に感想を述べるだけで良いのか、と思うと、それは違う、という気がする。
何の足しにもならないかも知れないが、今の時点での自分の考えをはっきりさせておく事が大切なんじゃないか、と。
「どっちも理解できる」というのは日本人のお得意技だけれど、それで終わってしまっては、いざと言うときの行動の源になり得ない。
「どっちも理解した上で、一つを選ぶ」というのは時間がかかる事だから、その選択を迫られた時に考えるのではなく、日々考えておくべきだ、と思うのだ。

それで、以下、この件に関する私の(現在の)結論を自分なりにまとめてみた。

私はやはり、今この時期に上の見出しはまずい、と思う。

感情的な理由から、社会に与える影響から、そう思う理由はいくらでもあるが、敢えてひとつだけ挙げれば、やはり「正確な要約になっていない」からだ。
その事が及ぼす影響には、大別して二つが考えられる。

一つ目は、事件に対する思い入れが薄い人々、及び子供達に与える影響だ。
あの不満だらけの書き込みから「孤独と苦痛」を抽出するには、ひとつ記者のフィルターが必要だ。勿論そのこと自体を否定するつもりはない。ジャーナリストは事実を曲げて報道することは許されないが、事実のうちのどこをクローズアップして見せるかの自由はあるからだ。
けれど、その自由は、鋭利な刃物に等しい。
その刃物は、記事に強く反発した者よりも、あるいは反対に強く共感した者よりも、むしろあまり強く感情を動かされなかった人間に深く食い込む。
反発や共感は、自分の中に確立した意見がなければ生まれない。だから、外から流れ込む情報にもある程度の防御が出来るが、そこに自分の意見が強く生成されていなければ、事実と共に、記者の意図は簡単に人の無意識に侵入するからだ。
そして、その後者の中には、社会道徳を学ぶ過程にある子供、青少年も含まれる。

彼等が、あの見出しを見た時に、どう感じるか。
もし私の子供時代にこのような事件があり、あの見出しを見たら、きっと怒りではなく戸惑いを覚えたと思う。
それは、当時、私の中に、理屈でも感情でも理解してはいけない(理解できない、ではない)禁忌がある、という信念が確立していなかったからだ。
そのような時代に、ジャーナリストのような社会的に責任ある立場の人間が、凶行に及んだ理由につながるあの不平不満を「孤独と苦痛」と要約するのを見れば、社会は凶悪殺人に対しそういう理解を見せるのか、と論旨がすり替えられてインプットされかねない。
また、社会の禁忌と己の欲求が激しく衝突する思春期にある子供達の中には、殆ど私生活が公表されていない(勿論されるべきではないが)被害者より、殺人犯の抱えていたストレスを身近に感じる者もあるだろう。それを、記者が「孤独と苦痛」と要約した事は、大人がそういったストレスひいてはその結果である凶行に対する理解を、たとえ僅かでも見せた、と受け取られかねないだろうか。
この記事を書いた記者があの見出しをつけた時、そういった子供達の事は考慮に入っていたのだろうか、と思う。

二つ目は、見出しという形式そのものに起因する問題だ。
見出しで少々言葉足らずでも、記事を読めば内容を補完できる。その記事に透ける記者の意図も、ある程度は読み取れる。
現に、私も、見出しを見た瞬間はとんでもないと思ったが、中身を読めば思ったよりまともな記事だった、との印象を受けた。
少なくとも、見出しから受ける印象ほど、記事の方は扇動的ではない。
だが、見出しだけを見て中身を読まない層がその数倍の人数居るであろうことが問題だ。

私から見れば、見出しの印象は、まるでこの凶行を説明できるような背景が見つかったかのように見える。勿論、無差別殺人を説明できる背景などあってはならないし、私も認めるつもりもないが、それでも同情をさそうような重大な過去でもあったのか、と見える。
だが、内容の方は、多くの人がコメントしている通り、一般の常識に鑑みてとても同情できるようなものではない。とすれば、見出しは内容を正確には表していないことになり、見出ししか読まなかった人には誇大情報が伝わったことになる。
勿論、記者はここに書かれていない書き込みも読んだ上で「孤独と苦痛」を切り出したのかもしれないが、記事にそれが現れていない以上、見出しと記事の間には飛躍がある、と感じる。
勿論、私がなるべく客観的に想像したらそうなる、というだけのことではあるが。

事件が過去のものになり、正確な情報が全て行き渡った後で、事件を別の切り口で検証する観点から上のような見出しをつけるのはまだ分かる。
けれど、事件から二日目、新しく得た情報を公開するのに、あの掲示板への書き込みを「孤独と苦痛」とするのは意訳し過ぎだ、と私は思う。
「孤独と苦痛」の代わりに、例えば、「投稿」とか、もっと誤解のない表現にも出来たはずだ。
見出しとしては、面白みに欠けるかもしれない。
だが、たった一行の見出しが、人の感情をこうも簡単に揺さぶる事ができる、と、この考察の最初の動機に戻った時、やはり、ただ面白みを追求するよりもっと重要な事があるだろう、と、私は思う。
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Commented at 2008-06-10 07:34 x
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Commented at 2008-06-10 07:34 x
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Commented at 2008-06-10 07:35 x
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Commented at 2008-06-12 03:10
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Commented by ひでこ.K at 2018-08-17 09:41 x
これね、またアメリカで同じような銃の乱射があったり、日本でも「非モテ男の反乱の時代が始まった」ってコラム書いてる人いたよ。
私みたいにモテない喪女もいるのにね(笑)!
Commented by lily_lila at 2018-09-16 03:14
ひでこ.K さん、
こちらにコメントが入ってるとは思わなかった、気づくの遅れてごめん!(笑)
ほとんどの人は、自分がストレスを感じたからって、他人の生活を壊そうとは思わない。でも、それが、本当はとても大切なことなんだって、最近とみに思う。アメリカじゃとくに、常に銃乱射に巻き込まれる危険はあるし、安全な場所なんてどこにもないんだけど、一人一人が、「それだけはやっちゃいけない」って思う心だけがブレーキになってるわけだもんね。
それで、今のところ、街の平和も、私の生活も守られている。
そりゃ、当たり前といっちゃ当たり前のことなんだけど、でもすごいことだな、と思うよ。
by lily_lila | 2008-06-10 03:48 | その他 | Comments(8)

渡米生活日々の備忘録。


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