石原都知事の「天罰」発言に本気で怒った件

大震災は「天罰」と石原知事 「津波で我欲洗い落とせ」 政治 - エキサイトニュース

ニュースソースが消えるかもしれないので、引用します。
 東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人の心のあかをね。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。(共同通信)


最初に。私はこの発言を直接聞いた訳ではない。なので、共同通信が一語一句間違えず報道しているかどうかは知らない。

しかし、その後の会見の様子はustream, ニコニコ動画などで見た。この発言に関して記者に問われ、「だから、被災者の方の神経を逆なでするかもしれないが、と言ったじゃないか」と怒る場面は見た。

この応答から、少なくとも、ひとつだけは確信した。
この人は、大事な人を失う痛み、大事な存在を案じて気も狂わんばかりの不安に襲われる苦しみを、全然わかってない。




私はまだ、幸い、今まで、祖母を病気でなくした時以降、身近で大切な人を失ったことがない。
だけど、その大切な人が、無事生還してくれるか、何もできない中で吐き気がしそうなほど不安だった経験はある。

人ではないけれど、大切な存在を失って、どうしようもなくうちひしがれた経験もある。
その大切な存在が、無事生還してくれるか、息苦しくて、心臓がばくばくして、めまいがした経験もある。

今被災地の方がどんな思いでいるのか、連絡がとれない家族や友人の安否を思って眠れない人がどんな毎日を過ごしているのか、私などにはとても計り知ることは出来ない。
出来ないけど、ほんの少し、自分の持ち合わせの経験で、その痛みを想像することは出来る。

あんなつらい思い(の何倍かわからない不安)が、もう地震発生から、何日も続いているなんて、とても耐えられない。

そんなときに、たとえ千歩譲って真意が別のところにあったとしても、「災害」を「利用」する、なんて発言を第三者にされたら、必死で抑えている感情が爆発するだろうし、ものすごく、深く深く、傷つく。
「天罰」などと言われたら、そういう精神論は自分の中でだけ勝手に納得していろ、と噛み付く。
「かわいそう」なんて言われたら、「黙れ!」と怒鳴り返すだろう。


つらい状態にある人にかける言葉は難しい。
私自身、相手を気遣っているつもりの言葉、世間からみたら間違いなくその範疇に入る言葉であっても、時と場合によっては受け入れられないことがあるんだ、と、自分の感情から学んだ。

相手を気遣う言葉でさえそうなのに、相手を気遣う気もない発言がどれほど暴力的か。
人の経験は千差万別だから、その破壊力が分からない人もいるだろう。
実際に、この言葉の何が悪いのか、と思っている人もいるようだ。
きっと、とてもストイックで、何が起こっても自分の業のせいと受け止められる人なのか、あるいは本当に大切な存在を本気で案じたことがないか、どちらかなんだろう。

しかし、そうじゃない人間も沢山いる。
ストイックで、そういう精神論をブチかませる人間は、悟りきれていないから苦しむんだと内心思っているかもしれないが、誰もがそういう精神論で納得できるわけじゃない。
そういう精神論で納得できることが偉いわけでも、美徳なわけでも全然ない。

困ったことに、精神論をブチかまして涼しい顔をしている人間は、往々にして、そうやって涼しい顔をしていられる自分が精神的に強いとか、他の人間もそうやって感情に振り回されなければ世の中平和で楽しくなる、とか本気で思っている人が結構いる。
だけど、そんなの、単にその人に上下体癖が混じっているからそういう方向にものごとを考えやすい、というだけで、その人が悟ってて偉いわけでもなんでもない。
思考回路が、経験が、体の癖が、そういう思考に向いていない人もいて、そういう人も世の中を動かす原動力になっている。


もし、石原都知事が、あえてあんな物議をかもすような発言をして、そう言う意味で「ストイックになれ」と言っているつもりなのなら、まったく見当違いだし、大きなお世話だ。

もし、あの発言を、被災した人やその家族、友人以外の人間に向けたつもりなのなら、そもそも優先順位が間違っている。
今都知事が気遣うべきは、地元被災地に親兄弟、友人を残して東京に働きにきている人々じゃないのか。
東北の人々は、古くから故郷を離れて上京し、東京の発展を支えてくれたのに。

都民は、既に出来る限り被災地を助けようとメッセージを送り続け、「我欲」を忘れていた。
あの時点で、「我欲にまみれた」と彼が思うところの都民に、発破をかける必要があったか?
被災地の人々を傷つけてまで?


私は、今回、身内も含め、被災していない。
だから、被災した方々の心情を代弁しよう、なんておこがましい気持ちはさらさらない。
ただ、東京都に税金を払っている人間として、こんな発言をする人にもう一度都政をまかせる気には到底ならない。
どんなに政治的手腕があったとしても、人気があったとしても、関係ない。
政治に一番必要なのは、人であり、その人々からの信頼だ。
だから、人の痛みを思い遣れない人の政治が、良い方向に向かっていくとは、決して思わない。


※ところで。
(以下、単なるド素人の勝手な呟き。くれぐれもまともに受け取らないで下さい)

石原会見をみたら、終始、言い訳しかしてませんね。
言い訳しないと本題に入れないのは、二種体癖だったか……
もしもこの人が二種なら、この人のブチかます精神論も、散々出馬を迷って結局自分の意思では進退を決められなかったこと(まわりに担ぎだされた、といっているならそうなんでしょう)も、まさしく上下体癖の特徴そのまんまだ、ということになる。

また、過去の暴言に対しても、まずは自分の正しさを主張して譲らないところは、なんかねじれっぽい気もする。怒って食って掛かるあたり。しかし、「勝ちたい」ではなく、「負けたくない」のねじれっぽい気が……。だとすると、混じっているのは八種?

しかし、偶数同士の混じりというのはあんまりないらしいから、もともとは上下、年をとって、ねじれの傾向がでてきた、ということかもしれない。
1期目あたりは、暴言を非難されて、さすがにここで素直に過ちを認めないのはカッコ悪いかも、という上下的分別がある程度働いていたが、年をとるにつれ、上下の「恥」に対する執着というストッパーがきかなくなってきた、ということ?

なんにしても、本人、本当は、もう自分の限界わかってたんじゃないのかな、と思う。
これ以上やっちゃいけない、と。
だけど、(もしかしたら二種体癖の決断できない傾向が強く出てしまって)自民党から散々頼み込まれて、断れなくなってしまった、ということなのかも知れない。

老いは誰にでも訪れるし、老いれば思考は硬直して、人の意見は聞けなくなる。
どんな偉人でも、かならずそうなるんだから、そのことを恥じる必要は全くない。
恥ずべきは、そういう人を無理矢理引っ張り出し、もっと若い人から候補を立てられなかった自民党だと思う。
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by lily_lila | 2011-03-15 06:28 | その他 | Comments(0)

渡米生活日々の備忘録。


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