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渡米生活日々の備忘録。
by lily_lila
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「渡米生活。(日記)」
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(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 3 子音
さて、いつのまにかシリーズになってしまいましたが、今日は子音についての一考察。ちなみに、過去のエントリーはこちらです。


(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)



さて、私の印象では、考察1で触れたように、子音は少なくとも母音より大事です。
母音より大事、という言い方が大げさならば、子音の正しい発音があまりにも軽視されている現状では、日本人としてはこちらにより注意を割く必要がある、ということです。

一番の問題は、日本語に似た子音があること、だと思います。ところが、これらは似て非なるものです。何が違うかというと、息を使う量、勢いが決定的に違うのです(またか…)。
まあ、日本語にない音というと、すぐに思い浮かぶのはthの発音ですが、実はこれがまずくて英語を理解してもらえない、ということはあまりないのですね。
勿論、あきらかに[s]に近い発音をすると間違われる事はありますが……殆どの場合、それでは通じない、ということを私達自身が知っているので、結構皆さんそれなりに出来ているのです。

(ちなみに、thの発音は、よく舌を噛め、と言われますが、そんなことをやってたら勿論発音出来ないので、舌先を上の歯の裏につけて、勢い良く脇から息を押し出すだけで、それっぽい音になります。
とはいえ、イギリスの上流階級の方は、本当に舌を歯の隙間から覗かせて喋る筋肉をお持ちだとのこと(<my room mateがESLから仕入れて来た話(笑))で、舌先がどれだけ歯の間から見えるかで、階級がわかる、ということらしいですが……<ホントかどうか知りませんよ! でもそうであっても驚きませんが(笑)。)

というわけで、問題は、日本人が「日本語にもある」と思っている、B, P, Fなどの音です。 R, Lなどの差も苦手ですが、こちらはまだ意識されているだけマシだと思います。
日本語というのは、常に息を少なく使う方向に発展してきている言語なので、これらの発音で日本語そのままの音を使ってしまうと、全然迫力がないのです。

例えば、このあいだconversation partnerに聞かれた質問なのですが。
何故「十分」を「じゅうふん」ではなく「じっぷん」と発音するのか、という問題です。
私の勝手な推測ですが、それは多分、「じゅうふん」では「じゅう」で息を抜いた上に、「ふ」の発音で更に息を使うことを要求されるからです。
それを、「じっぷん」と撥音にすることで、一音節に使う息の量は大幅に減ります。その方が発音しやすい、というのが日本人のセンスです。
じゃあ、「十九分」はどうなのかって?  「じゅうきゅうふん」はつまってないじゃないか、と。
よくよく発音を注意してみてほしいのですが、「じゅうきゅうふん」は、殆どの場合「きゅう」にアクセントがきます。(方言で違うものがあったらご容赦)。そして、「きゅう」の発音は、「じゅう」の発音より使う息の量が少ないのです。「ジュ」の発音は、息を使わない日本語のなかでも、比較的息を多めに要求する、言い換えれば「息を舌でせきとめておいて、隙間からもれる音で発音する」子音です。それに比べ、「か」行の発音はより抵抗が少なく発音出来るため、結果的に息をそんなに使わずに済む。
それでも、息が抜けることに代わりはないので、「じゅう」の部分はアクセントの手前で、少し軽めに発音する。
どうでしょう? なんか、辻褄あっているように見えませんか?(笑)

さて、そういう日本人が、Nativeにわかってもらえる英語を喋るには、何を気をつけなくてはならないか。

とにかく、息をケチらない。英語のアクセントをつけるには、日本語を喋る時の3倍くらい息を使うつもりにならないとダメだけど、子音でも2倍くらい使うつもりなる。

結局、これにつきると思うのですよ……。

例えば、Bの発音は、日本語なら「ばびぶべぼ」ですが、ためしに、唇を閉じておいて、息を唇の内側に吹き付けておいて(つまり唇は圧力を感じているはず)、それから唇を開いて発音すると、Bの音がもっと弾けるような音になって、英語の「Ba」の発音に近くなります。そして、その反動で、「a」の音は、もっと英語の「a」に近いお腹から出すような音になります。やってみると分かりますが、日本語の「ば」を発音するより、ずっと沢山の息をこの一音で使ってしまうはずです。
この、息がせき止められた感じとか、舌の間からしゅーしゅー漏れてる感じ、というのが、実は決定的に重要なのですね。
つまり、舌や唇にはっきり負荷をかけ、息の勢いで押し出す、そういう発音が重要、ということになります。
その証拠に、日本語の「ば」を発音すると、こちらでは「Wa」にきき間違えられる事がよくあります。つまり、彼等がきいているのは実際に唇を閉じているかどうかではなくて、そこで使われている息の量、あるいは息の唇や舌先でのせき止められ具合、といったものだというのが伺えます。

つまるところ、英語を喋るには、結構肺活量がいるのです(笑)。冗談ではなくて、ホントですよ!

で、これは、意識して鍛えないと、日本人にはできないのです。なにしろ、(何度も言いますが)日本語というのは、とことん息を使わないようにできているのですから(笑)。
大阪などで、元気よく喋っている関西弁なんか聞くと、とてもそうとは信じられないでしょうが(自分も一時兵庫県民でしたから、関西弁は一応喋れます)、それでも、標準語よりましとはいえ、英語で使う息よりはよほど少ないのです。というより、英語であのスピード、あの声の大きさで喋ったら、酸欠になるだろう、という表現の方が正しいかもしれませんが。

で、この筋肉、肺活量とそれを支える腹筋でしょうが、これらを鍛えるのには、やっぱり所謂「サル練」が一番です(笑)。
(「サル連」はもしかしたら学生オーケストラ用語かもしれませんね?? サルまわしのサルのように、同じ箇所を繰り返し練習する、の意味。)
筋トレなんですから、教材は何でもいいのです。Nativeが喋ってくれる、真似したい発音が入っているものなら。
ただし、考察2で述べた理由で、必要以上に遅く喋ってる教材はダメです。リズム感が残っているくらいの早口で、一文が短いものから始めるといいかと。
私はその昔、とあるオーソドックスな英語教材で、「繰り返して喋りましょう」みたいな練習が入っているCDを、八王子から筑波まで通う車の中で、ひたすら繰り返しました。

最初は口が回らないのですが、とにかく、無茶でもなんでも、息の強勢に注意して真似ているうちに、息の使い方が分かってきます。
もっと率直に言うと、手の抜き方を覚えます(笑)。
そうすると、より強くアクセントをつけられるようになります。
それが出来て来ると、今度は、子音をちゃんと上に書いたような方法ではっきり発音しないと、単語が滑る感じになるのが分かってきます。
それで、上手く子音の発音を織り込めるようになれば、しめたものです。
そこまで出来て来ると、大体既にお腹から声が出るようになっているので、母音も殆ど苦労なく真似できます。
筑波まで2時間、これをやったら、最初の頃は、腹筋が筋肉痛になりました(苦笑)。そのくらい、英語を喋るというのは、日本語とは違う筋力を使うのですね。

とにかく、同じ教材を繰り返して喋るだけなので、英語の知識、という意味では殆ど得る所はなかったと思います。
なにしろ、例文は、ポストオフィスはどこか、夕食に行った、グリーンピースはいかが、メニューをください、、、、そのレベルですから(笑)。
ところが、驚くことに、これをやると、筑波で外国人研究員とうまく喋れるようになるのですね(笑)。
つまり、英語を喋るときに、息がひっかからなくなるので、その分英語を考える方に頭を回せるのです。
限りある脳味噌を、ブレスコントロールと発音という面に回さなくてもよくなるだけで、全然違うのですよ!
それから、こんな中学一年生用の例文でも、主語→述語の順番を体に叩き込むには十分効果がありますしね。。。


さて、最後の項目、母音ですが。
正直なところ、私は母音はそれほど神経質にならなくてもいいと思っています。
だって、どうせ、英語と米語でも違うし。インド英語なんか、かなり違ってるし。
(インド英語はアクセントの場所まで違うけど。。。だから、最初はホントに何言ってるのか全然わからなかった……)
それだって通じるのだから、母音は、多分英文の意味を知るのにそんなに重要じゃないんじゃないか、と。
そんなに土地によって変化するものが、コミュニケーションの上で、致命的な弱点になるはずがないのです。

ただ、なんか母音が口先で発音しているような感じがする、という人は、普段日本語の母音を発音するときの喉の感じをイメージしてみるといいと思います。
歌をやってるとか、演劇などで大きな声を出す訓練をしている、というのでなければ、多分気道が殆ど塞がっていて、声帯が結構絞られている状態になっていると思います。
この状態で、「あ〜」とやると、声帯が、無理矢理息に押し開かれる感覚を喉に感じます。

このとき、口はそのまま、「あ〜は」と「あ」から「は」へ少しずつ音を変えて行く(ただし「は」は言い直さず、「は」を伸ばしたあとの音に直接移行する)と、混じったような声を出そうとすると、少し声帯が開いて、声帯ではなく胸の気管支くらいのところがビリビリ震える感じがして、先ほど感じた声帯への圧力が減るのがわかります。
このビリビリする感じを覚えて、[a][e][i][o][u]の五つの母音のときに、これを感じるような音を出す訓練をします。「ha][he][hi][ho][hu]と発音して伸ばした音でもいいかも知れませんね。

くどくて申し訳ないですが、「あ」より「は」の方が息を使うのはご存知の通りで、従って英語では母音を発音するのにも、日本語より沢山の息が必要です(笑)。
日本語と同じ「イ」を使う事がまったくないわけではないですが、そんな細かい差ははっきりってどうでもいいです(笑)。違うイだって通じます。
ただ、母音も喉の奥でお腹から発音できるようになっておいたほうが、圧倒的に楽だと思います。子音はどうしても正しく息を使って発音する必要がありますから、母音だけ日本式の発音をしようとすると、非常に声が出しにくくなります。

また余談になりますが。。。

私の偏見かもしれませんが、日本人は、どうも母音が5つしかない、ということにひどくコンプレックスを持っているように思うのです(笑)。
だから、あんなに躍起になって、中学一年生の英語に片足突っ込んだばかりの子供達に、[a]と [ae ←aとeがくっついたような発音記号]の違いを教えるんじゃないか、と。
(いや、最近のカリキュラムは知りませんが。。私のときはそうでした)
「ア」だけで三種類ある、「イ」も「オ」も……なんてやられたら、そりゃ、分からなくなりますよネ(^^;)。
でも、これらをちゃんぽんにしてメチャクチャに使っても、大抵の場合、ちゃんと通じるのですよ……。子音をちゃんぽんにすると、ダメですけどね。。
あれのせいで、発音といえば母音、しかも、英語と米語じゃどうも違うことも多いっぽいのに、なんで覚えなきゃいけないんだろう、、と、なんだか発音なんてどうでもいいやムードになってしまうのじゃないかと思うのです。

それよりも、息の使い方を、徹底的に中一のときに教えて欲しかった、とホントに思います。それから、正しい子音の発音。アクセントの重要性。
新しい単語を見たときに、発音記号を見ながら、どういう強勢をつければいいか、自分で判断できることの方がよっぽど大事です。既出単語のアクセントなんてどうでもいいから、見た事もない単語と発音記号を見せて、正しい発音ができるか、それを口頭試問する方がよほど将来の役に立ちます。

発音が簡単にできる、というのはとても大事なことなのです。だって、脳味噌は、口でつかえてうまく発音出来ない単語、というのは覚えられないのですから。
脳は音を覚えるのだから、当然のことですが(たとえ口に出していなくてもです。単語を、文字の羅列として、図形として覚えている人はそういないと私は思う)、ここで音を構成することにつまづいてしまうと、何が起こるか。

日本人の大好きな、ローマ字読みにして、覚えてしまうのですね(爆)。

学生さんを責めることはできないですよ、テストはあるし、もう、覚えられて点数とれるなら、ローマ字読みだって全然困らないわけですから。

でも、そのツケは、いざ自分が本当に英語を喋らなくてはならなくなったときに、そりゃあ手痛く跳ね返ってくるのですよ……。
だって、昔ローマ字読みで覚えてしまった単語は、もう一度、正しい発音で覚え直さないと、会話では使えないんですよ!
論文読むには役に立つけれど、会話では使えない。この悲しさ!
私も未だにそういうローマ字英語のストックがあります。漸く最近になって、綴りをみれば大体正しい発音と強勢がわかるようになってきましたが、それも綴りを完璧に覚えていれば、の話で、綴りを忘れて音だけ覚えているようなやつは、もう思い切り「死に単語」なわけです(涙)。
そして、勿論、メールなんかで使おうものなら、思い切りスペル間違えてスペルチェッカーに怒られる(苦笑)<いや、怒られるのはまだましで、もう候補も見つからなくて結局カタカナ英語辞典を引く羽目に……

周囲を見渡してみて、英語喋るのは苦手です、という人には、この「ローマ字」英語の語彙数が圧倒的に多い人が結構いるのです……
あれを全部正しい発音で覚え直すのは大変な作業だなあ、と、端からみていても思いますから、英語恐怖症になっても仕方がないのかもしれません。

脱線が長くなりましたが。。。

そんなわけで、母音に関しては、私は(単語全体として)発音しやすいような音を探せば、子音と強勢がちゃんと出来ているかぎり、あまりはずれた音にはならない、と楽観的に考えています。

次回は、最後の課題、英文そのものを組み立てる速度を上げるにはどうしたらよいか、という永遠の難問(?!)について考えてみたいと思います。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 4 英文を考える能力を鍛えるへ進む
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# by lily_lila | 2008-02-12 17:21 | 渡米生活...英語
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 2 アクセント
さて、(理系の為の)分かって貰える英語を喋るための一考察 1で、日本語の息の使い方が、英語の息の使い方と違う、というところまで書いたので、今日は息の使い方とアクセントについて、私の考えをまとめてみます。

(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)


前回、渾身の(笑)私の発音が音声認識プログラムに理解してもらえなかった、という話を書きましたが、その後、自分なりに、なにがまずかったのか、いろいろ分析してみました。
数え上げればきりがないのですが……


  1. アクセントの位置が正しくない

  2. アクセントの場所で息が十分使えていない

  3. 子音の発音がはっきりしない。息も使えていないし、空気が溜まる感じがちゃんと出せていない



まず1番ですが、白状すると、私は高校時代の模試でこのアクセント問題がほぼ全滅でした(苦笑)。

だって、なんだか、アクセントってカッコつけてる感じがしません?(笑)

当時、やたらアクセントを強調して英語を喋る日本人を見ると、「このアメリカ気触れが!」って猛烈に反感抱きました(笑)。
まあ、若かった、ってことですが。。
でも、一応言い訳もさせてもらうと、私には、どうきいてもそのわざとらしいアクセントが美しいとは思えなかったのです。
言語として、(何も言語学なんてわかっていないけど)、ものすごく不自然だと感じる。
そんな有様ですから、単語の正しいアクセントの位置なんて覚えているはずもなく………、、、
でも、自分でも、それはサボリの言い訳にすぎない、と分かっていました。

ところが、それから十余年経った今、Nativeの英語に馴れてきた耳で改めてその発音を聞くと、あの当時感じた違和感が正しかった、と思うのです。
何がまずかったか。
それは、アクセントを「音の高低」でとらえてしまう日本語の都合を、そのまま英語に持ち込んでいるからです。

アクセントは、あくまでも「強勢」であって、高低ではないのです。つまり、息を余分に使わなくてはならない。
息を余分に使った結果、音がずり上がることはあるかもしれないけれど、それはあくまでも二次的な効果なのです。
ところが、日本語は、強勢ではなく高低をつける文化です。関西弁と関東弁は、勿論単語自体が違うこともあるけれど、多くの場合、高低が違う。
つまり、音の高低に敏感な民族なんでしょうね。
人間の自然な習性として、高い音を出そうとしたら息を多く使う傾向がありますから、日本語にも強勢がまったくないわけではないですが、日本語の強勢はあくまで二次効果に過ぎません。

その日本語の感性で、英語のアクセントをきくと、おそらく、その音がずりあがっている部分を認知して、息が多く使われている部分は無視されてしまうのではないか。
無視がいいすぎなら、軽視されている、といってもよいかも知れませんが……。
だから、自分がアクセントをつけて英単語を発音するときに、息を多く使う、という観点が欠けてしまう。場合によると、音の高さを上げることをアクセントだと思っている場合もある。
そんなふうに思うのです。
そして、そういう英語は、やはり非常に聞きにくいのですね。

私が高校生だった当時、アクセントを、もっと息の使い方を指導する、という立場で教えられていたら、もう少しアクセント問題が得意だったかもしれない、と、ちょっと言い訳がましいことを考えたりもするのです。

じゃあ、日本の英語教育の何がまずいのか。


私は、英語の息の使い方をきちんと教えない、というその一点につきると思います。


それは勿論、英文を読む、書くだけの授業で身に付くはずがないですから、当然英会話の授業もある程度は必要でしょう。でも、この部分、つまりブレス・コントロールを教えないで、ただ会話の授業を、しかも日本人の学生同士の温すぎる環境でやって、はたしてどれだけ実践に使えるかといったら、私は殆ど使えない、と思うのです。

まあ、頭の中で英文をひねり出す訓練にはなるかもしれませんが、そんなものは、後で独学だって出来る。これもあとで書きますが、この部分は単に訓練、筋トレと同じレベルです。そんな事に貴重な授業を使うくらいなら、その時間で文法のひとつ、英単語の一つでも覚える方が、まだましです。それは、数年後、本当に英語を喋る必要が出て来た時に、強力な武器になりますから。

私がただの英会話授業(Nativeが半数以上を占める環境は除く。でも、普通の学校の授業でそれは有り得ないでしょう)にほとんど意味がない、と感じる理由は、1で述べたとおりです。
実践の会話は予期出来るものではないし、テンポが全然違う。その過酷な? 環境に晒されたとき、わかりやすく極度に速度を落とし、ジャパニーズ・イングリッシュの訛り吹き荒れる英会話授業での経験など、なんの役にも立たないからです。
そんなことより、たとえパーティの前に用意して暗記していった一文でも良いから、相手に分かってもらえる英語が話せる、という自信の方がよほど大事です。
そしてそのためには、上に書いたブレス・コントロールの指導が絶対必要で、そのためになら、授業時間を割く意味がある、と私は思うのです。
残念ながら、日本人は、日本語の特性上、これをほとんど必要としない文化で育ってますから、ただ、「真似しろ」といって出来るものではありません。

具体的に、どういうブレスコントロールが必要なのか、例えを展開しますが……

私は個人的に音楽が好きなので、例えもそちらに偏りますが、息の使い方を教えずに英語を喋らせようとするのは、ブレスコントロールを教えないで歌を歌え、といっているのと全く同じことです。
あるいは、トランペットやフルートなどの、息を使う楽器なら何でもよいのですが……。

ある音にアクセントがある、ということは、その直前は、そのアクセントのための準備が必要です。歌でも楽器でもそうですが、アクセント記号の直前を全力で演奏する奏者はいません。
そんなことをしたらアクセントがうまくつけられないのを、体験で知ってるからです。直前に抜くからこそ、アクセントが際立つというのも分かっている。
ところが、英語のアクセントでは、それをみんな平気でやるのですね(笑)。
まあ、ある意味真面目なのだと思うのですが、アクセントの直前の音節(シラブル)も、一生懸命きちんとしっかり発音しようとする。そうすると、ものすごくアクセントが付けにくくて、わざとらしくなるのです。
しかも、コントラストが際立っていないから、本人が意図したほどきちんとついていない(苦笑)。
私が中学、高校時代のヒアリング教材で感じた違和感は、まさにこれでした。

喋るということは、息を使う、ということです。したがって、アクセントの直前は、息をセーブする感じになり、アクセントの音節で思い切り息を使い、そのあとはまた収束する。
そんな波のあるものが、全ての音節で、同じ長さに収まるはずがありません。
当然、アクセントの直後の母音は、他の母音より長く発音するケースが多くなります。このときに、その長母音の長さに見合った勢いがアクセントに付加されていないと、ひどく平坦な印象になります。
そして、この平坦さが、例えば自動音声認識プログラムには致命的に悪いのですね(笑)。
プログラムにしたら、「一体どこが強勢の山なんだ、お前は一体どういう単語なんだ」といいたいのかも知れません。

そして、これが一番困ったことなのですが、例えばNHKのラジオ英会話の初級編なんかをきくと、日本人に聞こえやすくゆっくり喋ろうとするあまり、このアクセントが非常に平坦になってしまっているのです。
つまり、たとえNativeであっても、ゆっくり、日本人に分かるようにゆっくり喋ろうとすると、英語の強制やリズムが失われ、アクセントを音の高低に頼る形になってしまうのです。
これは、私にとっても驚き、というか、衝撃でした。同時に、どうして学生時代にこれらの英語を好きになれなかったのか、ようやく納得がいきました。
実は先日、久々に日本に戻り、ラジオ英会話をきいて、びっくりしたのです。
こんなへんな英語、アメリカじゃ聞いた事無いよ、と。
アメリカで同居している友人が先に言い出した事ですが、まったくその通りだと思いました。
昔大嫌いだった、やたらにアクセントを高低で強調した(そしてその結果、文のリズムが目立たなくなってしまい非常に聞き取りにくい)英語だったからです。

面白いことに、彼等がフツウの速度で会話するとき(たまに、司会者が簡単な質問をして、Native speakerがそれに答える、という短い会話があったりしますよね)は、きちんとリズムも強勢も生かされているのです。後で書きますが、これらの強勢をつけるのには、日本語の強勢をつけるのよりよほど息を使います。それをあんなゆっくりの速度でやったら、当然息が足りない。だから、平坦にならざるを得ない。息が足りない分は、高低で補わざるを得ない……。
アタリマエの事なのですが、それが日本人の、しかも中高生に与える影響の大きさを分かっていない、と私は思います。
まあ、NHKだけでなく、中高生の頃に聞かされた授業のヒアリング教材もみんなそんな感じだったのですが。

こちらで、Nativeの人が早口になってしまったときに、「もう少しゆっくり喋ってくれ」と頼むと、勿論、単語の速度自体も遅くなりますが、それよりも、文の区切りが増えます。
日本人が、ゆっくり喋るときに、「、」(読点)を増やすのと同じで、単語をゆっくり喋ってもらうことより、その方がはるかに有効なのです。英語を理解する、という意味では。
また、こちらの英語を母国語としない子供向けの英語のTVプログラムで、"between the lions"という非常にすぐれた番組があるのですが(日本ではライオンたちとイングリッシュというタイトルでNHKでやっていたようです)、新しい単語が出て来たときは、まず、シラブルごとに区切って、子音、母音がわかるように、ゆっくり発音します。が、その後にはかならず、Nativeのスピードと同じ早さになるまで発音して聞かせるのです。その時には、勿論正しい位置に正しい強勢をつけて発音します。

そう思うと、「初心者のために」 英語を遅く喋って聞かせる、というのは、本当に良いのだろうか、と疑問に思うのです……。
なんだか、百害あって一利なし、の気がしてきたな(笑)。
だって、わからないのは、単語がくっついて頭の理解がおいつかないからだし、早く喋れないのは、続けて単語を連発することができないからで、先に述べたアクセント、その前後で息を抜く、ということを覚えたら、一単語を喋るのはNativeと同じスピードで出来るわけですから。

話が少し逸れましたので、ブレス・コントロールの話に戻ります。

この使うべきところで息を使い、セーブするところでは息をセーブする、というのができてくると、英語が途端にリズミカルになります。
同じことが、英文にも適用できるからです。

たとえば、
”I know you are hungry!"
という一文で、"I"に強勢をおけば「私は」あなたが空腹だと知っている、と強調することになるし、"know"に強勢を置けば、おなかがすいているのは「知ってるよ」と強調することになる。
この手の強調はいくらでも応用が効くのですが、大事なのは、実はアクセントを付けることではなくて、強調単語以外を「抜く」ことなのです。
後者の場合、”I"を軽く言わないと、"know"に十分息が使えません。息の量は限られているから、そういうコントロールが必要なのです。
こういう計算は、音楽をやっていると(つまり演奏していると)、必然的に訓練させられます。日本で、音楽をやったことのある人の数は決してすくなくないはず。

だったら、この音楽(の演奏)と英語(のリズム)のアナロジーを考えれば、もっとリズミカルな英語が喋れるんじゃない??

そう思うのです。

こういうブレスコントロールというのは、ある程度慣れですから、逆に音楽をやってる身としてはちょっとウラヤマシイ面もあります。
また話が少し逸れますが、うちは母が子供にピアノを教えていたのですが、面白い傾向があるのですね。
ピアノを習いに来る子供達は、本当に始めたばかりの子供達ばかりです。
それで、何も教えなくても、英語圏の子供達は、平均的に見ると、何故か最初から結構音楽的に弾いて来るのです……

勿論、ご両親が音楽好きで、毎日クラシックのいい演奏がかかってるのかも知れないし、日本人でもたまに最初からセンスの良い子はいるし、個別の例をあげたらきりがないのですが、あくまでも全体的な傾向、としての話ですヨ。

そういう個々の違いをおいておいて、全体的な傾向を見ると、欧米諸国の言語を話せる子供達は、少なくとも、あるフレーズのどこが頂上で、それを際立たせるのにはどうしたら良いか、ということを考えなくても出来てしまう、というふうに見えるのです。
つまり、その勘が体に染み込んでいる。
日本人の子供も、たまに、最初からその勘がある子はいますが、多くは、ピアノを学んでいくうちに少しずつ身に付けていきます。何もいわなくてもそうなってゆく子もいれば、教師が「ここで力をぬいて、この次はもっと大きく」と言ってやらないと出来ない子もいる。

ピアノというのは、呼吸を使う楽器ではないので、その勘がないと、どこまでも平坦に演奏できてしまうのですね。
だから、子供に楽器を教える、ピアノをやらせるなら、すくなくともソルフェージュなりなんなり、何でもいいから歌の練習も一緒にやらせるといい、と私は勝手に思っています。

ともあれ、こういったセンスは、訓練で身に付くものです。日本人だから、できないということはありません(笑)
一度、英語を喋る、ということを、歌を歌うように、ブレスコントロールの必要な作業だと頭を切り替えてやってみる、それだけで、非常に喋りにくかった一文が驚くほどスムーズに喋れたりします。
プレゼンで、喋りにくい一文があったら、是非このブレスコントロールを考えてみることをお勧めします。
(逆に、このリズムが壊れるような英文は、原稿にかかないことですね(^^;) 緊張した舞台で、そんな不自然なものが、スムーズに出て来るはずがありませんから。)

長くなってしまったので、子音についてはまた別のエントリーで。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 3 子音に進む
(理系のための)分かって貰える英語を喋るための一考察 1に戻る
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# by lily_lila | 2008-02-11 02:40 | 渡米生活...英語
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 1

考えてみたら、渡米生活ブログなのに、肝心の英語のページがなかった(笑)
というわけで、今日はこちらへきて学んだこと、考えたことを紹介していきたいと思います。


2/11 追記
ちょっと、全体を見渡してみて、かなり理屈っぽくなってしまったので、敢えて「理系のための」をタイトル先頭につけてみました(^^;)。
わざわざ理系、といったのは、私自身が物理をやっていて、同僚や後輩を見た時に、英語のプレゼンでものすごく苦労している人達を結構見たからです。
出来る人はそこそこ訓練して出来てしまうのだけれど、中には、英語を喋る、ということがもの凄く苦痛である人がいるようなのですね。
そういう人の原稿を見ると、英文は決して悪くない、というか、こんな難しい英語私だったら使わないヨ!(咄嗟にでてこないから)という英語を並べて、結局口が回らずに本番で焦ってしまい、なにがなんだかわからないまま、全て「This is...」文で終わってしまった、というパターンが多いのです。

なんでこんなにきちんとした英語が書ける人が、(原稿もあるのに)うまく喋れないんだろう?
それが、私の疑問の第一でした。
そういうわけで、以下の一連のエントリーでは、じっくりおちついて、英文を書くところまでは、日常会話程度ならできる、という人が、何故うまく喋れないのか、を自分の体験を思い返しながら考察したいと思います。
さらに言えば、「シャイだから何を話していいのかわからない」という問題に関してもスルーさせていただきます(笑)
話す事がないのは、英語の問題ではなくて、本人の問題です。「日本語なら喋れる」と思うなら、それをまず英文で書いてみる訓練が必要で、この部分に何もショートカットできる早道はありません(笑)。

それよりも切実なのは、国際会議がある、英語でスピーチしなくてはならない、原稿も用意したけど、言葉がひっかかって上手く話せない、あるいは一生懸命プレゼンしても理解してもらえない……そういう問題です。で、そこの部分は、多少のショートカット、というか、発想の転換で少し簡単になるかもしれない、と思うのです。
(そういうわけで、別に本当に理系でなくても全く問題ないです。ただし、少々理屈っぽい文章におつきあい頂ければ、の話ですが。。。)

追記 終


***

日本では、どうしたら英語がわかる、話せるようになるか、ということに関しては、山ほど書籍も教材もサイトもあります。ちょっと国を離れてみると、もうヒステリックに見えるほどです……それだけ切実で、やっぱり難しいのだろうと思う。

英語が理解できる、つまり聞こえるということに興味がある人も多いでしょうが(例えば映画を字幕なしで見たいとか)、殆どはやはり、英語を使ってコミュニケーションできるようになりたい、つまり話したい、ということでしょう。会話がしたければ、当然ですが、一人で学ぶのは無理です。独学で学ばれた、という方は、学んだ知識を使って、積極的に話す機会をさがしておられる筈です。会話はどんどん流れていって、その場その場での素早い判断が必要になりますから、そのスピード感を実践の会話以外で身につけるのは不可能です。これについては、また日を改めて書きますが……

とにかく、日本人にとって、難しいのは、「喋ること」だと思います。まあ、聞く方も簡単ではないですけれど、ヒアリングなら日常の簡単な会話くらいまでは出来るが、いざとなると喋れない、という人も結構います。反対に、聞こえないけど口は回る、という人(日本人)には、今迄お目にかかったことがありません。

ところが、その「難しさ」が、以前からどうも腑におちなかったのですね。
そりゃ、日本の英語教育に問題はありますが、それでも決してゼロではないし、ちゃんと高校英語ぐらいまでマスターしていれば(マスターしていれば、ですよ)、こちらのESL(English school as a Second Language の略、外国語として英語を学ぶ人のための学校は、こちらではESLと呼ばれます)の中の上クラスには十分入れるわけです。少なくともペーパーテストでは。
なのに、何故日本人は初級クラスにつっこまれてしまうのか?(笑)

(余談ですが、私も高校2年のときにサマースクールでイギリスに行き、みごと初級クラスにつっこまれました(笑)。まわりの他の国から来た子は、みんな10歳以下でしたよ……)

こんなに教材やらHowToがあふれているのは、ただできないから、ではなくて、できるはずなのにできないから、というところが問題だからだと思うのです。
大体、私の分野(というか理系はみんなそうでしょうが)は大なり小なり論文読まされるのに、基礎的な英語の力がないはずがないんですよ……それでも、「喋れる人」と「喋れない人」がきっぱり分かれてしまう。どこからその差がくるのか、当人達もわかってなくて、結局「苦手意識」のせいになってしまう。

で、その理由がずっとわからなかったのですが、最近、ようやく少しわかりかけてきました。
日本人だって、喋れるのです。極端な話、会議のプレゼンなら丸暗記してでも必死に喋るわけですから。でも、問題は、それをわかってもらえない(涙)。

会議じゃなくたって、フツウの会話でも同じことです。相手の喋っている事が聞こえないのも辛いけれども、必死に考えてひねり出した一文がまったく通じなくて、「は?」って顔されるのは、100倍ツライですよ……冷や汗かきます。相手は必死で理解してくれようとして、他の人との会話も止めて待ってくれる。早く伝えなきゃ、と焦る。その場の他のひとは、私と相手の会話が済むまで、だまって待ってくれている。折角楽しい雰囲気だったのに、中断させて申し訳ない……

べつに、日本人がシャイじゃなくたって、そう思うにきまってます。なんでも「日本人はシャイだから」ですませてしまう人もいるけど、他の国の人だって、その場の雰囲気にはとても敏感なのです。バカにしちゃいけない。(苦笑)

じゃあ、どうして日本人はその悪循環の輪にはまってしまうのか。
  1. 文法が滅茶苦茶。

  2. 発音が悪い

  3. 正しい英語を話そうとして考えすぎ、会話の波に乗れない

大体、思いつくところはこんなところだと思います。私もそう思ってました。
でも、ようやく、これらは間違いでもないけど、一番大切なことでもない、というのが分かってきました……。

まず1番。

文法は、多分書かせれば、日本人は結構正答率高いと思います。動詞の過去形、現在形なんて、少々間違ってたって意味は通じますから、そのへんは気にしないとする。問題は、五文型がちゃんと守れているかですが、原則主語のあとに動詞がくる、というのは中学英語のレベルですから、エンピツ持って書けばそんなには間違わないし、それ以外は少々崩れたって意味は通じます。

問題は、それが瞬時に出来るかどうかです。つまり、頭の中で言いたい事が浮かんだときに、まず条件反射で主語と動詞をくっつけて並べる、というのが出来るかどうか。
これに5秒かかるようだと、なかなかスムーズなリズムでの会話は厳しいと思います。勿論、主語と動詞を英単語に置き換える時間も含めて、です。
(私の場合、頭の中で言いたい事が浮かんだその瞬間にその二つが浮かぶようになったとき、しどろもどろながら会話に加われるようになりました。つまり、その二つを言ってしまってから、あと何を付け加えればいいか考えればよいので(笑))

しかし、それでも、たとえ5秒かかっても、下手すれば10秒かかっても、相手が一人ならちゃんと待ってくれます。つまり、複数人数の会話は厳しいかもしれないけど、文法がネックで、1対1の会話が出来ないとは到底思えないのです。よく単語を並べるだけだって意思疎通はできる、といいますが、その通りで、実際日本人よりもよほどブロークンな文法を使っている人達の英語でも、所謂コテコテのジャパニーズイングリッシュよりは分かりやすい、と言われてしまう。つまり、文法のまずさは、日本人の英語が理解してもらえない原因の主たるものではない。

つぎに2番。

発音が悪い。それはその通りなんですが……。
ここで、発音とは、どの発音のことを言っているのか、が問題だと思うのです。
母音、子音、以上! だったら、 半分どころか1/4しか正解ではない、と、私は思います。
こちらの経験で得た私の感触では、日本人が発音で気をつけなくてはならない順番は次の通りです。

  1. 息の使い方

  2. アクセントの位置

  3. 子音の正確さ

  4. 母音の正確さ


母音は一番下、なのですよ! (笑)
つまり、わかってもらえないのは、発音が悪いからでも、文法がヒドイからでもなくて、アクセントと息の使い方が全くなってないからだ、というのが私の現在のところの印象です。
これは、私の実体験から得た教訓です。
そして、Nativeに分かって貰えるアクセントと息の使い方(これらは多分同時にくくるべきかと思いますが。つまり、アクセントは息を沢山つかうことによって付けるので)を習得するには、それ専用の腹筋が必要なのです。

非常に分かりやすい例について、 サポートセンターへの電話のかけ方でも少し触れたのですが、サポートラインでの自動音声認識プログラムがあります(苦笑)。 
United Airlineは、サポートセンターに電話すると自動音声に繋がって、メニューを選ぶのに、先方が指定した単語を発音させられるのですね。
これで、当初本当に苦労しました。
実は、私は、母音の正確さについては、少々自信があったのです。というのは、幼稚園時代に、近くにアメリカ人のお母さんが居て、英語を習っていたので、日本人が不得意とされる母音も殆ど正しく出せるのです。まあ、不勉強が祟って、全ての知っている英単語で正しい母音が使えているかと言われたらキッパリNoなのですが、少なくとも、相手から言われた言葉をリピートするのはほぼ正しく出来ます。

それなのに、自動音声プログラムは、私の英語を理解してくれなかったのです!!!

なんどやっても、"Sorry, I cannot understand you. Please say...."です。 わりゃ、機械のくせしてワシをなめとんのか!!! (涙)。

直前に言われた通り、たとえば、「Reservation」 とか、「Milleage summary」 とか、そういう単語を繰り返して喋るだけのことが、音声認識プログラムに認知出来るレベルで出来ない、と思い知らされたときには、流石にショックでした。あまり何度やってもダメなので、少々ムカつきながら、それでも一度だけ、これでもか、というほどアクセントを強調して喋ってみたのです。アクセントを強調するというのは、音の高さを上げるのではなくて(日本人はこれをやりがち)、息をアクセントの頂点にぶつける感じで沢山使う、ということです。

そうしたら、ちゃんと理解してくれたじゃないですか!

その時は、こんなオーバーな発音をしなくちゃ分からないなんて、自動認識プログラムもなってないな、と思いましたが、暫くこちらで暮らすうちに、それが全然オーバーでないことが分かってきました。
そのオーバーなアクセントを自由に使いこなせるようになって、暫くした頃、仕事のコラボレータの一人に「XXX(私の名前)の英語は、もの凄く聞きやすい、日本人の英語はいつもとても聞き取りにくいものだが」と褒めていただきました。発音は昔と変わっていないし、しょっちゅう間違えているのですけれどね、未だに(笑)。

彼は所謂英語のNative Speakerではありませんでしたが、そんなことはどうだっていいのです。
我々は、国際語としての英語を学ぼうとしているわけで、国際人に理解してもらえれば良い。Nativeにはもしかしたら少々聞き取りにくいかもしれない(つまりNativeからは聞き返される)英語でも、ドイツ人やイタリア人なら分かってくれる、ということは非常によくあります。
そういう意味では、日本語の教育は、あまりにも英語、米語に偏りすぎているとも感じます。英語しか接したことのないアメリカ人に分かって貰える英語を話そうと躍起になるより、もう少し、世界で話そう、くらいの気構えの方がいいのではないでしょうか。

ただ、問題は、その世界の人からも、「ジャパニーズ・イングリッシュ」は分かりにくい、と非常に高い頻度で言われてしまうことで、これはやはり、ただ馴れの問題、方言の問題では済まされない、と私は考えます。その大きな因子が、発音そのものではなく、日本語特有の息の使い方にあるのじゃないだろうか、そしてそれをそのまま英語に持ち込もうとするところに無理があるのじゃないか、というのが、現在のところの私の考えです。

長くなりそうなので、今日はこのへんにして、息の使い方、アクセントについては次のエントリーで紹介したいと思います。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 2 アクセント
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# by lily_lila | 2008-02-10 09:04 | 渡米生活...英語
サポートセンターへの電話のかけ方


手続き、契約とはちょっと外れるが、今日はサポートセンターへの電話について。

日本では信じられないことだが、こちらでは、契約はWebでできても、契約の変更や解除は電話のみ、というのがほぼ標準だ。しかもサポートラインは必ず自動音声から始まり、人間のオペレータに辿り着く迄いい加減たらいまわしにされる。渡米したばかりで、面と向かった相手の会話でさえ聞き取りに四苦八苦している状況だと、途中で挫折して結局契約解除できない、といった状況に陥る。

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# by lily_lila | 2008-01-23 05:56 | 渡米生活...手続・契約・交渉
クリスマス・イブのケーキ

冬の最大イベント、クリスマスがやってきた。

クリスマスといえば、クリスマスツリー、サンタクロース、クリスマスプレゼント、それからケーキ! というのが日本人の感覚であるが、私のconversation partnerは「クリスマス・ケーキって不思議よね!」とのたまってくれた。

アメリカの田舎町では、十二月に入ると車のてっぺんにツリーをくくりつけた車が忙しく往来する。サンタクロースはWalgreensやスーパーの入口で赤い缶の隣で鈴を振っているし(勿論寄付を集めるため)、クリスマス直前のショッピングモールは、家族全員分のプレゼントを揃えるためにリストを片手に持った人々が目を血走らせている。
実はこれが予想以上に大変で、家族からおじいちゃん、おばあちゃん、友人、職場の同僚、と毎年プレゼントをひねり出し買いそろえるのが、そりゃもうおおごとなのだ。
一家の主婦ともなれば、これにクリスマス・ディナーの準備が付け加わる。日本でも年末の主婦の忙しさはこれに比肩するけれど、プレゼントはお年玉と決まっているから、まだ少し楽なのかもしれないな、と端から見ていて思う。
それなので、この時期、nativeの友人達はとても仕事どころではない。クリスマス休暇は楽しみだが、それなりにストレスもある、というところであるらしい。

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# by lily_lila | 2007-12-25 08:22 | 渡米生活...食
脱肉食生活
肉食生活の次がコレか、と笑われそうですが(苦笑)

ルームメイトと相談して、そろそろ脱肉食生活するか、という話になりました。
脱肉食、というのは、完全なベジタリアンではなくて、とりあえず肉やめる努力しよう、ということです。
(なので魚はOK。何故かは後で書くから、ここでつっこまないこと!)
理由は、腹がでてきたから、ではなくて、単に、「それでもいいかな」というところです(笑)。

はっきり断言しますが、私は肉の味が好きです。
(でなきゃあんなデカイステーキなんて焼かない)
ルームメイトはあまり好きではないので、たまに私が「肉食わせろ!」とわめいて塊肉を買って来る、という感じです。こないだもローストチキン買ったばっかだし(笑)

なのに、何故脱肉食か、というと……
多分、ウサギを飼っているから、かな? (笑)

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# by lily_lila | 2007-11-10 12:02 | 渡米生活...食
空の足と空の玄関
仕事でベルギーへ行ってきました。
ベルギーでの顛末はまたそのうち書くとして、今回は空の足飛行機と空の玄関空港について。

ひところフライトマイルを貯めるのが流行りましたが(今でも、かな?)、私は事情の許す限りユナイテッド航空(UA)もしくはスターアライアンスのメンバー航空会社を使っています。日本だと全日空ですね。このユナイテッド航空のマイレージプログラムが他の航空会社に比べていろいろ有利なんです。

まず、マイルは発行から2年なんてケチくさいことは言わずに、最後にマイルが加算された日から3年有効18ヶ月に変更されました。実はアメリカの航空会社はほとんど「最後にマイルが加算された日から」失効期限が計算されるのですが、日系航空会社はがんとして発行から2〜3年で失効してしまうんですねえ……。その分、無料チケットに届くマイル数がアメリカの航空会社より低いですが、ビジネスで飛び回っている人でもなければ、ほとんど発行しては失効、の繰り返しです。これだけでも、同じANAに乗ってもANAマイレージではなくUAの方に加算する価値があります。私の場合、こちらで作ったUAのクレジットカードを使うと自動的に毎月マイルが貰えるので、飛行機に乗らなくても失効しません。(おかげで今の積算マイル数、ボーナスマイル含め20万超えてます)
もうひとつ、UAのプログラムだと、スターアライアンスのメンバー航空会社なら、殆どの場合マイルが100%つくのです(一部格安チケットを除く)。自社しか100%つけない航空会社も多いので、これも有利。
三つ目は、国際線のエコノミープラスです。これは、エコノミー席でも普通より10cmほど前後の間隔が広い席で、前年に実際に飛んだマイル数が25000マイルを超えると、メンバーのエリートステータスがシルバーになって選べるようになる席です。たかが10cm、されど10cmで、これが疲労度に影響するファクターはかなり大きいのです。前の座席の下に足台の高さにちょうどいいリュックを置いて足をのっけると、身長160cmの私なら足が完全に伸ばせてかなり楽! 普通のエコノミー席だと、足が伸び切らないので寝苦しいし足も疲れる。
25000マイルというと、東京ーMadisonを2往復です。私の場合、年に2回ミーティングで国外に出るので、大体ギリギリシルバーのラインにひっかかります。

そして、最後に、(これが一番大事なんですが) 今のところ、UAもしくはANAで、私は怖い目に遭ったことがないのです。。。もう結構の便数乗っているはずなんですが。
(だからってAAがダメというわけではないです。というか、AA殆ど乗ってないのでわかりません)
大体、どこの会社も、国際線はそれなりに安心できます。機体も新しいし、実際怖い思いをしたことはありません。
でも、中距離の国内線となると、かなり事情が変わってきます……(汗)
1回乗って、その時にめちゃくちゃ怖い思いをした某N○rthWestなどは、ハブ空港がミネアポリスですから、シカゴにハブ空港を持つUAと同じくらい便利なんですが、国際線はともかく国内線はやっぱりどうしても怖くて手が出ません……だって、雲海に突っ込もうとして船みたいに左右に揺れたりとか、なんか古そうなエンジンをもの凄い音をたてて回したと思ったらフツッとその音が消えたりとか(恐) ……いや、事故は起こしてないんだから、大丈夫とは思うんですけどね(汗) 

日本でも、事情は同じです。まあ、JALかANAを選べるとしたら、私は間違いなくANAにします。だって、圧倒的に人為ミスが少ないんだもの。JALは、今ひとつ国内線はツメが甘い気がする。
(まあ、ANAもこないだボンバルディア機の胴体着陸をやってましたが。でも、何度も管制塔との連絡ミスをやって懲りないJALのミスのレベルとはちょっと違う。まあ、足が出ない、という事態が何度も起きた時点で、航空会社側から自主的に点検項目を増やす動きがあるべきだったとは思いますが、それはANAに限らずどこの会社も同じ。)

前置きが長くなりました。というわけで、私は(エリートステータスを取りたいという下心もあって)今回の旅程も全てUA(+スターアライアンス)でとったのでした。
いつも、チケットをとるときは、united.comのweb pageからとります。一応、priceline.comで最低価格を調べたあと(最低価格より高いチケットをとると旅費を全額支給してもらえないかもしれないから)、Low Price優先で検索をかけると……

大体、航空券なんてのは、フツウは早くとるほど安いもんですよね。格安チケットがあるから。
ところが、最近、どうもUAは違うらしい、ということに気付きました。
実は、出発1ヶ月前に、一度検索をかけたのです。そのときの最低価格は1000ドルを超えていました。
いくら燃料費があがってるからって、それはおかしい、1000ドル以下のチケットがあるはずだ、と、そのまま予約をやめ、2週間後(つまり出発2週間前)にもういちど検索すると……、そのときにはちゃんと770ドルのチケットがひっかかったのです! 
770ドルのうち、250ドル程度は空港税と燃料サーチャージですから、これ以上は下がらんだろう、と即購入。
実は、春に日本に帰国したときにも、同じ事があったのです。これは、どうやら、本当に1ヶ月前はあんまり安くないらしい??

で、その770ドルのチケット一覧をみると、なんと行きはシカゴからブリュッセルまで直通になっている! もっとも、Madison-Chicago間はちっちゃい飛行機なんで、1stopにはなりますが、 それでも2stopよりはまし。帰りは、ロンドン経由の2stopです。
直通なんて、こりゃラッキー♪ 帰りはどうせ急いでないから、ヒースローでハロッズの紅茶でも買って…なんて、かなり得した気分でそのチケットを買ったのですが……

やっぱ安いだけあって落とし穴があった(爆)

行きの直通は、なんと、便番号が同じなだけで、実際は Chicago-Washington DC、WashingtonDC-Brusselの乗り継ぎ便だったのです(涙)
まあ、出発時間と到着時間を見てそれに気付かなかった私がアホなんですが。
(でも時差があるから、ちょっと見ただけじゃわからないのよね)
もう、行きの飛行機は爆睡するつもりで徹夜で飛行機に乗ったのに、1時間乗っては数時間待ちの繰り返し(涙) こんなとき、Red Carpet Clubに入れりゃせめてソファでうたた寝できるのに、、、(私のマイレージステータスはシルバーだからRed Carpet Clubには入れない)とうらめしく眺めつつ、一日の殆どを待ち時間で潰し、ベルギーについた頃にはすっかりその日のワークショップに顔を出す気が失せていました(爆)。まあ、もともと出なくちゃいけないワークショップではなかったんですが。
しかし、UAよ、あれを1stopと表示するのははっきりいってサギだ!!
日本だったら問題になるんでしょうが、アメリカはそういうの気にしないんでしょう。 チケットにははっきり1stopと書いてありましたから、文句を言えば I'm sorryくらいは言うかもしれないが、窓口のお姉さん(お兄さんかもしれんが)は言外に「私にはどうにもできないのよ、上に伝えておきます」と主張してオワリ、その上からお詫びのメールなりなんなりが来るとも思えない。煩くゴネればマイルくらいはつけてくれるかもしれないが、まあ、その労力とその間のイライラを考えたらまったくPayしません。That's America.

しかし、(話は逸れますが)最近思うのです。
SSNで散々腹を立て、Ch○ter(ケーブルTV会社)の対応のまずさに怒り爆発→もう起こる気もなくした、という変遷を辿って来てみると、どうも、そのくらい大雑把な方が人生些細なことでイライラしなくて済んで楽しいんじゃないか、と思ってしまうのです。
最初からそういうこともある、と思っていれば、本当にその通りでないと困る時は自分で確かめればいいんだし。1ストップか2ストップかなんて、飛行時間を計算すればわかることだし。
相手の不備を責める気力があるなら、自分が失敗しない方向にその気力を使えばいいじゃん、と思ってしまう私はすっかりアメリカのO型気質に毒されてしまったようです。
(ま、自分もO型だしね。。)
もちろん、相手のミスではあるのかもしれないが、日本で同じ事が起こったら、「金払ってるんだからこっちは怒る権利がある」とばかりに、猛烈に責め立てる向きがありますよね。
勿論、それが企業のサービス向上に貢献してるんですが……
でも、なんだか、怒った方が得と思っているみたい(笑)。
勿論、怒れば相手が保障を何か出してくる、と思うから怒るのかもしれないけど、その保障と、怒って不愉快な思いをする事と、はたして本当にバランスしているのか? と疑問になるような事でも怒る。こんなことを書いている私でも、日本にいると、自然とそうなってしまう。
アメリカがおかしい、というより、これは日本の魔術的ともいうべき現象だと、最近そう考えるようになりました。
だって、短期間とはいえ色々な場所に行きましたが、そういう気分になってしまう国は、日本以外にないですから(苦笑)。

要するに、消費者の怒り = 企業の保障(精神的に、及び物質的に)、という方程式に、まったく疑いをもたないのが日本人と日本社会なんじゃないか、と。まあ、等号ではなく不等号(>)だと思う事の方が多いでしょうが、それにしても、否定(!=)だと心底思っている人は多分日本にはいないと思う。勿論、この方程式をはずれて酷い事をする企業もあるが、その時には誰もが怒るわけですよ。たとえ自分と全く関係のない話でも、所謂「義憤」というやつに燃えてしまう。信じていたもの(方程式)を裏切られた者の怒りだから、純粋な分、容赦がないです。

アメリカでもヨーロッパでも、その方程式が存在しないわけではないけれど、彼等は、「そうは言っても、そうなるとは限らない」と思っているようなのです。つまり方程式は「タテマエ」だと思っているから、絶対失敗できないときは自分で確認して自分の身を守ります。それをやらないで失敗し、窮地に追い込まれた人間は「間抜け」扱いされて、誰も同情してくれない(笑)。間違いが起こったからといって、おカネのない小市民が怒っても何もしてくれない、というのがおそらく彼等の本音で、だから、最初から、間違いが起こらなくするのが当たり前なわけです。怒るといっても、「信じていたものを裏切られたから」ではなく、損失を取り返すための交渉の一環としての怒りだから、怒っているように見えても彼等は結構現実的だし、打算的です。多分、見た目ほどは怒ってないんじゃないかな(推測)。
(だから、その分、個人ではどうにも予防できない失敗を企業がやらかしたときは、彼等は一致団結して怒ります。こちらが出来る事をやったのにお前達のせいでこれだけ損失した、さあ責任をとれ、というわけです。その怒りには、「信じてたのに…」と泣き寝入りする日本人とは比べ物にならない迫力がありますネ)
つまり、彼等は良く言えば、自立していると言えるし、悪く言えば、誰も信じていない、となる。日本人は愛すべき信頼の民族ですが、その分、よほど注意していないとそれが相手に対する甘えに化けてしまう危険を常に持っている。
私も日本で育った人間の一人として、そのことを自覚しないと、甘えの部分ばかりが増長して、結局怒ってばかりのつまらない人生になってしまうなあ、と、まあそう思うわけです。信頼できる、というのはとても良い国民性だと思いますが。

話を元に戻して。
まあ、そういうわけで、航空業界なんていうのアメリカの企業の中では群を抜いてしっかりしている方だと思うのですが、それでもその程度のことは起こります、という例です(笑)。

さて。
次は帰り便です(笑)。

帰りはロンドン経由、予定していたとおりの旅程でした。
ところがいきなりBrusselで濃霧のため飛行機が遅れ、ロンドンの乗り継ぎが間に合わないので結局チケットを再発行してもらうことに。
bmiのお姉さん(Brussel-Londonはスターアライアンス系列のbmiだった)は大変親切でした。まず、London-Chicago間で予定していた便より三時間遅い便をチェックして、空きがあることを確かめたあと、「もしかしたら」と呟いて、わざわざBrussel-Chicago直通のアメリカン航空便の空きを探してくれました。
フツウに考えたら、そりゃ、直通便の方がよいに決まっていますから。。
無理にスターアライアンスに拘らなかった彼女は良識があると思います。
……が……
実は、私は今年出張が多く、この出張を全部スターアライアンスで済ませれば、あとちょっとでゴールドステータス(年間50000マイル以上)に届く、というところだったのです。
行きに空港で待ちぼうけをくらい、Red Carpet Clubで休めたら、と思っていた私は、この提案に焦りました。
いや、なんとかスターアライアンスで乗り継ぎたいんですけど…(汗)
しかも、ハロッズでアールグレイを買い、Bootsでお気に入りのバス・ジェルを買う気満々だったから、なんとしてもヒースロー乗り継ぎにしたい!
で、おもわず、口からでまかせを。
「あ、あの、友達とヒースローで待ち合わせをしているので、なんとかヒースロー乗り継ぎにしたいんですが!」
……なんで素直にマイルが欲しいって言えないかな、自分……(涙)
彼女は別に不思議がりもせず、すぐにChicago-Madison便をチェックし、空きがないのをみるとアメリカン航空の最後の1席をおさえてチケットを手配してくれました。
(実は、Chicag-Madison間のチケットって結構いつも満席なんですよね……結構な便数飛んでるのに。)
そんなこんなで、1時間遅くBrusselを出た飛行機でロンドンへ。

ロンドンは今ポンドが高いので、必要なもの以外は決して手を出すまいぞ、と心に決めてハロッズへ。マディソンで美味しいアールグレイを買うと結構高いのです。ポンドが高くてもこれは買って帰る価値があります。でも、つい誘惑に負けて、クリスマス・プディングを買ってしまった(涙) どうせ甘いんだろうけど、、、ミーハーなワタクシ。。
ハロッズで散財したので、食事は2.5ポンドのサンドイッチ(勿論不味い。なぜならえらく冷やされた冷蔵庫に入っているから、パンが固まってぼそぼそになっているのだ。一体、アメリカでもそうだけど、彼等にはでんぷん質のベータ化という概念がないのだろうか、とたまに不思議になる)。それだって、日本円に直したら500円以上、今ロンドンに観光にいくのは自殺行為だと再認識しました。となりでスシが回ってましたが、1個2ポンドの(不味いに違いない)回転寿司なんて、絶対食うか!
で、Bootsへ行きました。イギリスのチェーン薬局です。ここで売ってるマンゴーの香りのバス・ジェルがお気に入りなのです。アメリカのバス・ジェルは決して安くないし(みんな使わないのか?)、匂いが人工的でちっともほっとできないので、以前出張のときに買ったこのBootsのジェルをそれは大事に大事に使っていたのです。
1個1.1ポンド。250円だと思っても、これは高くない!
思わず、二つ買ってレジへ。
買い物を済ませたら、これ以上免税店エリアにいるのは危険な気がしてきたので、さっさと搭乗口に向かいました(苦笑)。

ここまでは、完璧でした。
問題は、シカゴに降り立ってから、です……

まず、(航空グループが違ったためか)Chicago-Madison行きの発券はLondonではしてくれませんでした。まあ、席は確保されているのだし、Chicagoについてから発券してもらえばいい、とそのまま飛行機に乗りました。
Chicagoはアメリカでの最初の上陸地点になりますから、入国審査と税関を抜けないといけません。
そして、面倒なことに、これはもう一回セキュリティゲートを抜けなければならない、ということを意味します……
まあ、文句は言いますまい、下手にチェックを簡略化してハイジャックされたら困りますから。

少々ゴタツキはあったものの、AAでチケットをもらい、トランクを預けてセキュリティ・ゲートへ。ところが、私のチケットには見慣れない「SSSS」の文字が。
こんなん見た事ないなー、なんだろ、と思っていたら、案の定、やられました……
どうも、こいつは第一級危険区域からの乗客、という意味だったらしいのです(爆)
そっかー、ロンドン、ハイジャック未遂があったからな(TT)
ヒースロー乗り継ぎにはこういうデメリットがあったか、と思いつつ、混雑の強化セキュリティチェックラインへ。(でもそれなら、最初から「SSSS」のチケットはこっちへ並べ、と言ってほしかった……二重に並んじゃったじゃん)
でも、特に金属は身につけていないし、少々ボディチェックきつくても問題あるまい、と余裕で荷物をX線検査機に通した瞬間、疲れ切った表情のセキュリティゲートのおにーさんの眉が跳ね上がりました。

え?? え???

おたおたする間にわらわらと人が集まって来て、皆モニターを覗いています……
な、なんで?! だってBrusselでもLondonでもつかまらなかったのに!!
おにーさんが荷物を全部バラしはじめ、ハロッズの袋の中身を取り出し……

で、出て来たのがBootsのバス・ジェル2個(涙)。

し、しまったあああ!! こいつはまごうことなきジェルだ!!!
空港では降り立った瞬間からまるでBGMのように、"Remember, 3-1-1"と繰り返し、持ち込みできるジェルの量は3オンスを1枚のビニール袋に入れて一人1個まで、と言い続けているのに、おまえさん耳がどうかしとるのかね、と言いたげなお兄さんの視線……(涙)
まあ、ヒースローで買ったのがまるわかりの袋に入っていたので、凶悪犯の疑いはかけられずに済みましたが。
いや、ゴメン、すっかり忘れてたんだってば(涙)

当然、機内持ち込みはできないが、荷物は既にチェックイン済み。残る手段は捨てるか、自宅に送るか、です。
送るとなると、多分10ドル以上はかかります。が、なんとしても、今ここでBootsのジェルを捨てるのは悲しすぎる(TT)
というわけで、結局15ドル払って郵送しました(爆)。
うーん、1個10ドル弱のジェルか……また大事に大事に使わねば(涙)

ところで、似たような失敗をする人のために、最近はどうもゲート脇に配送システムが備え付けられているようです。以前は一度外へ出て何処かで送ってこい、と言われたので、まあ、便利にはなりました(割高ですが)。

そういうわけで、今回の教訓。


  1. 1stopは1stopとは限りません。飛行時間をチェックしましょう。

  2. イギリス経由アメリカ行き便は、セキュリティチェックが厳しくなることを覚悟すべし。

  3. 乗り継ぎ空港の免税店での買い物に注意。荷物をチェックインするまえに、もう一度手持ちの荷物を調べよう! (最初から持ってくる人はいないので、途中で買ったものが危険…)


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# by lily_lila | 2007-10-16 02:07 | 渡米生活...住
Madisonの交通機関

本日、バスのpassを更新しに行って参りました!

こちらへ来て、驚いた事のうちのひとつが、このBus Passです。
Madisonには鉄道が一応ありますが、貨物専用で客車はありません。なので、公共の交通機関というと、市外まで縦横に伸びるバス路線のみということになります。
で、このバス路線全てに乗れるPassが、なんと、University Wisconsinの関係者は無料で貰えるのです!! 一年間有効で、学生及び教員、職員であるかぎり支給されます。

いくら大学街だといっても、一応Wisconsin州の州都だし、よく他の会社の人が黙っているものだ、と思いますが(まあ数年前にバス賃が値上がりしたときには流石に問題になったようですが)恩恵を受ける側としてはこんなに有り難いシステムはありません。
つまり、市内は土地が不足しているので車で出勤・通学しないように、ということなのだとか。
日本ではそんなものは常識ですが、車社会のアメリカでは厳しい要求ということになるんでしょうか?
学割ではなく、タダパス支給とは、本当に太っ腹です。
(ちなみに、お金を払ったら距離に関係なく1回1.5ドル。行き帰りを考えると3ドルですから、自前で払うと結構な額です。)

ただ、やはり、譲渡や使い回しの問題を避けるためか、一応University ID(写真付き)を携帯していないと無効、ということになっています。滅多に求められませんが、たまにキャンペーン期間中なのか、どの路線に乗ってもIDの提示を要求されることがあります。
とはいえ、圧倒的に大学関係者が多いこの街では、どれほど不正利用の例があるのかわかりませんが……(^^;;)

日本で大学の学費が高い、と騒がれて暫く経ちますが、実は、アメリカの大学(学部生、こちらではunder graduateという)の学費は日本どころの騒ぎではありません。
日本の年間の学費はまだ50万程度ですが、こちらでは、州立大といえど、その州(もしくは協定のある近隣州)の居住者でフルタイム1年間6000ドル、そうでなければなんと20000ドルです。アメリカ人でなければさらに+αです。日本なら、かなりお金持ち私立校に行ける金額のはず。
こっちの学生さんは自分でローン組んで大学に行く人が多い(そりゃ、生半可な親ではそんな金額ホイホイとは払えないでしょう)ので、なるほど、そりゃお勉強に必死になるはずだ、と頷けます。
もし卒業できなかったら、学歴がなくてPayのいい仕事につけない上に、数百万規模の借金を抱えることになるわけですから。

でも、その代わり、一度大学に入ったらその恩恵は十分に受けられる環境だとつくづく思います……バスパスもそうですが、図書館なども日本の地方国立大とは比べ物にならないほど充実しているし、論文も大学のIDで殆どの雑誌が無料でダウンロードできます。
私は物理畑の人間ですが、そんな私でもpubmed(医学関係の論文を集めたサイト)からウサギ関係の論文をタダでダウンロードできるのです!

日本にいたころは、自分の関係分野の雑誌はダウンロード可能でしたが、専門外の資料は流石に落とせませんでした(1部20ドルくらい払わないといけない)。大学の全学部生に、全分野の論文の閲覧を許可する契約料がどれほどのものか、考えると気が遠くなりますが、それを提供するのが大学の役目だという確固たる信念があるのでしょうね。

それから、もうひとつ、重大な学費の還元先があります。
それは、大学院生への手当です。
実は、こちらでは、一度学士号をとってしまえば、その先はほとんどタダで大学院に行けるという素晴らしいシステムがあるのです!
勿論、授業料は設定されているのですが、Teaching Assinstantとして働く事で大学から給料が出ます(分野によるかもしれませんが、理系はほぼそうです)。そのお金で、自分で学費を払って生活費も出せるのです。
(だから、日本の大学の受験はイヤだから大学はアメリカにいって…なんて考えているそこのアナタ、悪い事は言わないから、どこでもいいから日本で学士をとってから来た方がいいですよ!! その方が圧倒的に待遇もいいし、安上がりです!!!)

大学院生は、学部生と違って、研究室を運営していくために必要な存在です。教授一人で結果は出せませんから。だから、お給料を出すというのは当然の考え方なんでしょう(日本ではそうではないですけどね、、、博士課程の学生からまで学費とるってどうかしてるよ!!)
勿論、そんなお金が湧いて出てくるはずはありませんので、それも全て、高い学部生の授業料から捻出されている、ということなんでしょう。
日本にいた頃は、イギリスなどの例を引き合いに出して、日本の学費は高すぎる、と憤慨していましたが、今は学生ローンのシステムがしっかりしてさえいれば、こういうシステムもアリかな、と思います。問題は、学費が高いことより、むしろ、学生が学業に支障をきたさない範囲で自力で大学に行く手段が殆どない事のほうですよ。育英会(もう今は日本学生支援機構だけど)から月4万貰ったって、学費すら満足に払えない。生活は勿論ムリ。だから、親に頼らず卒業しようという志ある若者が、日夜バイトに明け暮れる、なんて本末転倒な事になるのです。
イギリスみたいなシステムは、14、5歳の若さで将来が決まってしまう恐るべきOレベル、Aレベルテストがあるため、限られた人間しか高学歴コースに進まない、という背景でこそ可能なんであって、大学への進学率が高い日本じゃどう頑張っても資金が足りません。
だったら、自分のノーミソ鍛える金は自分で調達する、というシステムを作るしかないでしょう。ねえ?


話が交通機関からすっかり逸れてしまいましたが(^^;;)

もうひとつ、多分Madison夏の風物詩といってもいいと思われるのが、赤いタダ自転車です。
実はこれ、公共機関ではありませんが、Budget Bicycle Centerという中古自転車ショップが貸しているもので、夏の間はとくにあちこちでお目にかかります。かくいう私も昔世話になりました(^^;)

これは、市内の車の交通量を減らす運動の一環で、デポシットを70ドル程度はらうと3ヶ月ほど赤く塗られた自転車を借りる事ができる、というもの。デポジットは、自転車を返すと(よほど酷く汚したり壊していない限り)全額返金してもらえます。
こちらでは、高すぎるフルタイムスクールに来るかわりに、夏の間だけ仕事を休んでサマースクールにくる人も沢山います。そういう人達は、長くて3ヶ月の滞在ですから、自転車を買うのはばかばかしいですよね。そんな場合にも、赤い自転車は大変便利です。

最後は、車。
もちろん、こちらは車社会ですから、車で出勤する人の数は相当な数にのぼります。
が、Madisonは湖に挟まれた特殊な地形も手伝って、原理的に一定数以上の車が流入出来ません。それが地元の人には大層不満のようですが、東京のものすごい混雑を切り抜けてきた身としては「それでいいのヨ!!!」って感じ!(笑)
どんな渋滞も、要は、車が多すぎるのがいけないのです!!(きっぱり)。
東京23区のような、円形の都市は、外郭の長さに対して中身の面積が広い。その中にギュウギュウに車を詰め込めば、当然、出口は大混雑です。
ところが、Madisonの中心部は、湖に挟まれた狭い地峡の上にある(地図参照)。この狭い土地では、十分な数の駐車場も作れないから、自然駐車場の契約料は上がり、みんなタダバスやタダ自転車を使いたくなるわけです。
まあ、夏はMadison名物夏の工事シーズンで、幹線道路も路線現象されて大渋滞、ということもままありますが、それにしたって、もとの車の数が知れているから、一時間もすればそこそこ解消します。首都高の6号から4号に抜けるまで6時間かかった、なんてウソのようなホントの話は、起こり得ません(実話。ほんと、シャレになりませんよ、、、)。

そんなわけで、Madisonの交通事情は、利便性も金額的にも私としてはかなり快適な部類に入ると思います。
何故、日本ではなかなか同じようにいかないのか、考える度に、物事はそう簡単には進まない、と思い知らされます。
同じシステムを東京の真ん中で導入しても、自転車人口は増えないだろうし(従って車の量は減らない)、これは人の移動の激しいところだからこそ有効活用されている、とも言える。
第一、東京の狭い道を自転車で走るのはかなり危険です。芝生もなくて、つまらないしね。
こちらには、天気がよければ、自転車の方が気持ちいい道がいっぱいあります。春先なら、出勤がてらノウサギの子供達も拝めますし、7月頃の夕方は蛍が飛びます。
そういう環境がないところで、いくら赤いタダ自転車があっても、あまり需要はないだろう、と思うのです。

こちらには、すごくいいシステムがいろいろとあるのだけれど、それを日本で実現しようとしたらまず片付けなければならない問題が山ほどある……使える土地の広さと人口密度がこうも違ったら、簡単には適用できないわけです。
もっとも、Madisonは全米でも住みやすい街上位候補だから、これを適用するのはアメリカの中でも難しいってことなんでしょうが……。。
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# by lily_lila | 2007-09-01 09:41 | 渡米生活...住
House Rabbit Society

随分と投稿に時間が空いてしまいました。
振り返ってみると、1月は今年こそがんばって記録をつけるぞ! とはりきった様子がみられますが、その後ほとんど投稿ナシ(苦笑)。3日坊主ならぬ1ヶ月坊主?!
2月遊んだ分を取り戻すのに必死だったのと、もともと春は会議が混んでいて時間的余裕がなかったことが敗因です(汗)。その間に、コメントやトラックバックをいただいていて全く気付かず、随分長い間放置してしまいました。
コメント下さった皆様、すみません!

さて、久々の投稿は、ちょっと悲しい報告です。
このブログにも写真をはってある、うさぎのろし太が、去勢手術の際に麻酔から目が覚めず亡くなりました。もう、一ヶ月近く前のことになりますが……
一般に、雄の去勢手術はもっとも容易な手術の部類に入り、それなりにウサギに経験のあるお医者さんに執刀してもらえるなら、死亡率は0.5%を切ると言われています。
死亡例の殆どが麻酔によるもので、その場合は先天的に何か問題があったり、既に何か重大な疾患を抱えている場合が殆どだとのことです。
ろし太も手術そのものは問題なく成功したものの、手術後呼吸が弱くなり、そのまま亡くなったとのことでした。ウサギに非常に慣れている、経験のあるお医者さんに執刀してもらいましたが、先天的に問題があったのか、以前やられたエンセファリトゾーン寄生虫に、脳の呼吸器官を司る部分を既に傷つけられていたのかもしれません。

しばらく呆然として何も手につきませんでしたが、最近、ようやく気持ちもおちついてきたので、今回のことで世話になったHRSについて少し紹介したいと思います。

注:以下、誤解を招きかねない表現もあります。読むなら、必ず最後まで読んで下さい。一部分のみ目を通して引用、コメントなどなさらないよう、くれぐれもお願い致します!

***

HRSは、House Rabbit Societyの略、アメリカで多分一番大きな飼いウサギに関する非営利団体だと思います。これは、各州に支部もある歴史のある団体で、日本のウサギガイドブックなんかに書かれている内容にはHRSから得た情報と思われるものもたくさんあります。
HRSの使命は、飼いウサギに関する正しい情報を提供し、飼い主に学ぶ機会を与えること、それからもちろん、シェルターなどから引き取り手のいないウサギをひきとり、里親を探す事です。

キリスト教圏には「イースターバニー」の習慣があり、イギリスやアメリカでは、復活祭(イースター)の時に親が子供にウサギを買い与える習慣があるようです。
大昔は、ウサギはライブストックとして普通に飼われていましたから、それの世話を子供に任せる、という話だったのかもしれないのですが、この習慣が、実は毎年相当な数の不幸なウサギを生み出しています。
つまり、ウサギというのは普通鳴かない(小さな声でぶーぶー鳴くことはあるが、気持ちのいいときや危険が迫った時など非常に限られた機会のみ)ので、子供が世話に飽きて餌や水やりを忘れても、それを飼い主に知らせる手段がないのですね。
そのうえ、ウサギは犬や猫ほど親密に飼い主にじゃれついたりしない。
というわけで、大抵の子供は、すぐにウサギに飽きて、世話も怠りがちになります。
親が気付いて世話をすればいいですが、勿論そうでない親もいるわけで……
毎年、イースターの後半年間、相当な数のウサギがシェルターで安楽死の運命を辿り、捨てられて生き延びる事が出来ずに野犬に殺され、飼育放棄されて餓死する、といった状況だそうです。

そういう背景からか、イギリスやアメリカにはウサギの愛護団体が比較的多いようです。日本の状況を思うと非常に恵まれているとも言えますが、夥しい数の悲しい一生のうさぎさんたちが背景にいると思うとなかなか複雑です。
HRSでは、そういった状況に手を打つべく、引き取り手のいないウサギを預り、去勢/避妊手術を施し、トイレのしつけや病気の治療をして、里親を探しています。
同時に、うさぎのオーナーへ正しい知識をすべく、会員へのニュースレターの発行や各地でのイベントを行っています。
一般の人達への啓蒙なども勿論行っていますが、その中に、徹底した去勢/避妊手術の推奨、繁殖に対する牽制、新しいウサギを買い求める事への再考を促す姿勢がみとめられます。

去勢、避妊手術に関しては、メスの場合は特に高齢になると子宮がんを煩う可能性が高く(70%以上とHRSでは報告している。もとになった論文は50年代に発表された1本の論文であるらしい)、健康上の問題であるとも言えます。
去勢は、尿をとばすなどの行為を抑えるため、あるいはやはり高齢になった時の生殖器系トラブルを避けるためであり、日本のガイドブックに載せられている内容とほぼ同じです。
ただし、日本では、「繁殖の予定がないかぎり」 手術をするのが好ましい、などの表現になっていたり、あるいは麻酔事故の事にも触れて、よく考えて決めるよう促すに止めることが多いようですが、HRSでははっきり去勢/避妊をすべきである、という態度を打ち出しています(これについては賛否両論あるでしょうが)。

それは、ブリーダーでない限りは繁殖はさせるべきではない、という姿勢から考えても一貫しています。日本では、「繁殖させるなら責任をもって全ての子ウサギの里親をみつける」などの注意書きはあっても、そこまで強い姿勢はみられません。
つまり、「生まれてくる子供は、多くのホストファミリーを待っているウサギ達の住処を奪う」というのがHRSの姿勢であって、それは彼等の活動目的を考えれば非常につじつまの合った主張です。日本なら、ペットショップに喧嘩を売っているのか、と問題になるところでしょうが、それが言い切れてしまうところが凄い。つまり、堂々とペットショップの利に反する事を主張しているわけですから。

それは、更に、最後の、「ペットショップで買わない」という呼びかけにも通じています。
理由は上と同じ、ペットショップから買う前に死に直面しているウサギたちに機会を与えてくれ、ということなのですが、そこで、ただ単に感情論でそう訴えているわけではないところが、HRSの凄い所です。
これには、ウサギという、犬や猫より少しばかり扱いの難しい動物の事情が反映されています。

まず、ウサギというのは、犬猫にくらべると非常に弱い生き物です。もともと補食される運命のウサギは、一個体の生命力の強さの代わりに、そのすさまじい繁殖力で個体数をかせぎ絶滅を逃れてきた背景があります。そのため、彼等は簡単に命を諦める傾向があります。
(驚かすと心臓を止めてしまう、というのは誇張ではなく、本当です。捕まって生きていて、いいことは何もありませんから)
子ウサギになると、更に弱く、ちょっとした気温変化やストレスなどで、簡単に死んでしまいます。ペットショップにいるウサギは、店に来るまでにあちらこちらをひきまわされて疲れ切っている傾向があり、ウサギ初心者には扱いが難しい、というのが一点。
その点、HRSが譲るウサギ達は、ウサギのエキスパート達が十分に健康管理をして、様子をみた上で譲り渡すので、飼い主の負担は大幅に減ります。

もうひとつは、ウサギは基本的に臆病なので、犬猫ほど簡単にはなつかない、ということです。ウサギにもフレンドリーな個体から怯えて人間に近寄ろうともしないのまで様々です。
ペットショップでは、その子が将来ナーバスなウサギになるか、フレンドリーなウサギになるかまでは分かりません。が、HRSでは十分にウサギの性格を見極めたあとで、飼い主との相性をみるため、「なつかないから可愛くない」と飼育放棄につながる危険を減らすことができます。

そういうわけで、彼等の主張は、「ウサギを売るのは誰にでも出来るが、HRSはあなたの友達を探すよ!」という一点に尽きます。
ペットを気の合う友達としてではなく、ブランドや血統で選んでしまう事の多い日本ではなかなか浸透しない考えなのかもしれませんが……
これがただの方便ではないことは、HRSではなくシェルターから直接ウサギを譲り受ける際にも、希望があればそのアドバイスのため人員を派遣する、という姿勢から伺えます。

実は、はずかしながら、私は今まで、アメリカの動物愛護団体というのはどこか考えの偏った人達の集団だと、勝手に偏見を持っていました。
しかし、今回、ろし太がなくなって、家に居る他の2匹のメス達のパートナーとなるオスウサギをHRSから譲り受けるにあたって、彼等の活動が非常に理にかなったものだということがよく分かりました。
ホストファミリーがみつかったのだから、喜んで譲っておわりかと思いきや、なんと2回のお見合い(うちにいる他のウサギたちとの)+試用期間つきです(笑)。
つまり、メスうさぎたちとうまくやっていけるかどうか数週間様子をみて、だめなら再びHRSに連れ戻される、とのこと(笑)。
一般にメスウサギは縄張り意識が強いので、やり方を間違えると激しいバトルになります。
そうならないよう、非常に細かいインストラクションをもらい、何度も手順の説明を受けました。
ウサギ関係(?)がうまくいかない家で、寂しい一生を送らせるくらいなら、別のホストファミリーにもらわれた方がウサギも飼い主も幸せだ、という確固たる信念が伺えます。

私が会員になっているWisconsin HRSは、今年15周年だということで、ニュースレターにもその記事が溢れていました。その中で、WHRSから巣立って行った最初の一羽の写真と、おそらく現時点で一番のニューフェースだと思われる子の写真がありました。最初の子はもちろん、No.1。最後の子はNo.532でした。
15年で、500匹……。救い出せなかった子の数は、きっとその何十倍にもなるでしょう。それでも、妥協せず、ウサギと飼い主の幸せを願って、一頭一頭のケアと飼い主への教育を続けるHRSボランティアの皆様の情熱には頭が下がります。
もともと感動しやすいアメリカ人の感情に訴えて、とにかく里親を探す事に集中すれば、アダプションの数自体はもっと伸びたかも知れません。でも、HRSが目指しているのはそういうことではなく、文字通り、一生よい関係がつづく「Friend」を探すことだという、その一言に尽きるのだと思います。

こういうことは、個人ではやっぱり難しいですよね……。
日本にも、こういう組織できないかなあ。。。
(自分がつくれ、という声が聞こえてきそうですが(苦笑))
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# by lily_lila | 2007-08-24 12:09 | 我が家のうさぎ
ミリキタニの猫 (Independent Lense)

TiVoのお陰で、面白い番組を録れるようになりました。

お気に入りなのが、Sciense チャンネルとPBS。 PBSといえば、「Nature」や「Nova」など、NHKエンタープライズのような番組をいっぱい流してくれて大変嬉しいのですが、最近のお気に入りは「Independent Lense」です。

これは、一人(というか多分independentの)の監督が取材を通して作ったドキュメンタリーを集めて放送するシリーズで、毎回大変見応えがあります。内容は、まあ、アメリカの商業主義テレビ局には作れない映像ばかりといえば想像はつくかと(笑)
その中に、先日、「ミリキタニの猫」という番組がありました。
もともとは、昨年公開されたもののようです。

これは、ちょっと凄かった。
毎回Independent Lenseはいいと思うんだけど、出色の出来映えです。
後で調べていたら、ドキュメンタリー映画の賞を四つもとっていて、成程、と頷けました。
こんな凄い番組、どうして日本でやらないんだろう、と思ったら、今年の夏全国ロードショーとのことです(まあ、ユーロスペースだから、あまり上映館数はないんですが…)

ミリキタニの猫 公式サイト
東京国際映画祭のホームページ

以下、ネタバレを含みますので、「自分で見る!!」という方はご注意下さい。
(もっとも、内容知ってても十分見る価値ある、と私は思いますが。)
客観的な内容については公式サイトや他の人のブログで紹介されているので、私は率直に自分が思った事を書きたいと思います。


***

「ミリキタニ」というのは、日本人画家の名前です。ちょっとあまりない名前なので、最初は何の事かわからなかったのですが、オープニングに出て来た彼の絵で、これは日本人だ、と分かりました。
で、どんな話だろう、と余計に興味が出て来たのですが……

シーンは、冬のニューヨーク、一人の路上生活者へのインタビューで始まります。
かじかんで動かない手に、クレヨンを持って、日本人の老人が絵を描いています。
監督は、リンダ・ハッテンドーフという女性。彼女が、直接インタビューをしているのです。
名前は、と聞いた彼女に、老人は「Mirikitani」「Great Master Artist」と答えます。

正直いって、この時点で、この人はちょっとおかしいのではないのかな、と思ってしまいました(スミマセン)。
曲がった背中の下から見上げる視線は昏く、自分の事を「Great Master Artist」だと言う。
画家を目指してアメリカに渡ったが、結局ものにならず、今でもそれを諦め切れずにいる、そんな風に見えてしまったわけです。
彼の絵は、確かに独特の雰囲気がありましたが、この時点ではかなり荒れている印象を持ちました。だって、冬のニューヨークですよ! 寒さは肌を差して痛いくらいです。まともに絵がかける気候じゃないです。

しかし、そんな私の思惑をよそに、彼女は何度もミリキタニの元に足を運ぶのです。そうすると、老人はぽつぽつ語り始めます。
自分はアメリカで生まれたこと。それから日本の広島に渡り、日本で育った日本人であること。戦争で、徴兵を逃れ、再びアメリカに渡ったこと。戦争で多くの家族や友人を失ったこと。

少しずつ、見ている方は、彼の昏い視線の理由を悟り始めます。
でも、私はそれで純粋に感動出来る程素直な人間ではないので(苦笑)この時点でまだ、この人の言ってる事ホンマかいな、と疑っていたわけです。
それは、とりもなおさず、私自身が、第二次世界大戦によって日本人がアメリカでどういう苦労を強いられたのかを、あまりにも知らなかったという証明に他ならなかったわけですが……

転機は、2001年の9月11日に訪れます。同時多発テロの当日、彼は炎上するツィンタワーを描いていました。彼の描く絵には、その直前に紹介された、彼が広島の8.6を描いた絵と同じように、曲がりくねった炎の絵が描かれています。
ニューヨークは厳戒態勢に入り、街は瓦礫の砂塵で埃だらけ。監督は、街で咳き込んでいた老人を自宅に呼び、借りの住まいを提供します。

そもそも、監督は女性、一人暮らしです。そんなところに、路上生活をしている老人を連れ帰る、その事に、私は驚きました。彼女がクリスチャンかどうかは知りませんが、何か、そういうキリスト教的文化の、非常にいい面というか、凄い面を見たような気がしました。取材の対象だから、という、それだけの動機で出来ることではないな、と。その後彼等の共同生活が始まるわけですが、全ての柵を捨てて路上生活をしていた80すぎの老人と、うまくやっていくというのは並大抵のことじゃないですよ(笑)自分の本当のお爺さん、お婆さんとだって上手くやっていけなくて、問題を抱えている人が多いというのに。

東京国際映画祭のホームページでは、この日の彼等の交流が、監督のリンダ・ハッテンドーフ氏の言葉として紹介されています。彼女曰く、あの9.11がなければ、ミリキタニ氏は自分のアパートに来る事を承諾しなかっただろう、と。彼女は過去に何度か、雨の日にミリキタニ氏を家に誘った事があったが、その度に断られていたようです。彼女は、ミリキタニ氏が以前に、広島の人々が、原爆投下直後に、その空気に毒が混ざっている事を知らなかった、と口にした事を思い出し、「この雨にも毒が混ざっているかもしれない」と説得して連れて帰った、とのことです。)

監督の家で仮住まいの場所をもらった老人は、怒濤の勢いで絵を書き続けます。
このあたりから、この人、本物の絵描きかもしれない、と(素直じゃないですね(笑))
というのは、その絵に対する情熱というか、執念もさることながら、暖かい場所できちんと食事を取って、タッチが戻って来た感じがしたんですね。
基礎がかなりしっかりしている、そういう印象を持ちました。
それで、「Great Master Artist」というのはハッタリではないのかも知れない、と。

9.11以後のアメリカの動き、それを見詰める老人の視線、映画は淡々とそれらを映していきます。こういう映像は、あまりアメリカではお目にかかれません。いろいろ効果を弄って、監督の思惑に観客を誘導するケースが非常に多いのですが、このドキュメンタリーは全編を通して、過剰な演出を抑え、観客の感じるままに任せています。

その後、「ミリキタニ」という珍しい名前が幸いして、監督は彼の肉親もしくは親戚かもしれない人物への手がかりを得ます。色々と手を焼いてくれる監督に、老人は少しずつ心を開き始めます。そうして、次々に明らかになる老人の過去。戦争が、在米日本人にどんな悲劇をもたらしたのか。被爆した広島で家族を失い、アメリカでは収容所で友人を失い、市民権も奪われて、生きる権利を剥奪されてきた現実。アメリカ政府への強い不信感。彼は頑にソーシャルセキュリティナンバー(社会保障制度のための国民背番号)を担当者に教える事を拒み、アメリカのパスポートなど要らない、今は日本のパスポートで何処へでも行ける、と言い放ちます。

アメリカでソーシャルセキュリティナンバーを得るというのは、生活する権利を確保するのと同義です。前にも書きましたが、学生などで身分が保証されているならともかく、そうでなければ何一つ契約の類いができないからです。ミリキタニ氏はアメリカで働いていたのだから、当然年金を受ける権利があるのですが、それだって SSN がなければ支給してもらえないのです。それを拒むというのは、本当によほどのことです……こっちへ来て、それがよく分かりました。同時に、彼が何故路上生活を選んだのか、漸く納得がいきました。

監督と、ソーシャルセキュリティオフィスの担当者の粘り強い働きかけで、老人の怒りは少しずつ解けていきます。市民権も、実は既に回復されていた事が知らされます。「誰もそのことを貴方に教えなかったの?」 監督の言葉に、なんとも言えない複雑な表情をするミリキタニ氏。これは、ものすごく納得してしまった。アメリカって、ほんとに、一時が万事そうなんですよ!! 書類を発行したところは、それで仕事は終わり、それがちゃんと先方に伝わったかなんて気にしないし、それがちゃんと伝わるような努力も全くしない。たまたま人から聞いて自分で調べて問い合わせなきゃ、誰も教えてくれずに知らないままだった、なんてのは本当にザラなんです。

これ以上は、もう、フィルムを見てもらった方がいいと思うのですが、本当に久しぶりに、涙腺が緩んでしまった(苦笑)。それは、フィルムの構成がどうの、という問題ではなくて、一時間(本当の映画は90分のようですが)の間に、どんどんと変わって行くミリキタニ氏の表情に打たれたからです。この映画、色々と考えさせられるテーマはあるのですが、私は、この老人の表情の変化も、一つの大きなテーマなのではないかな、と思っています。

上のリンクにある、ミリキタニ氏の写真。笑って、ピースをしています。この笑顔から、昏いものを込めた冒頭の表情は想像出来ないと思います。曲がっていた背もすっかり伸び、視線は真っ直ぐ前を見ています。
一体、あの戦争で、どれだけの人が重い過去を背負わされ、今もそれに押しつぶされながら生きているのか。そこから開放された時、人の表情はどう変わるのか。それを開放するのに、どれだけの長い時間と、絶え間ない周囲の努力が必要なのか。
この映画の凄い所は、他でもない監督がその努力によって、その大変な偉業を成し遂げたというところにあるのだと思う。だから、ただのドキュメンタリーと呼べる以上の、大変な説得力と魅力を持っているのだと思います。

ひとつだけ、東京国際映画祭のホームページから言葉を引用します。

「ジミーは私たちすべてにとって、何事も遅すぎることは決してないということを示す実例なのです」とハッテンドーフは言う。「長い間求め続けてきた法的許可と敬意を、彼が実際に手に入れた姿を見るのはすばらしいことです。」


是非、機会があったら見てみてください。
(私も全編見たいです……Indepent Lenseは1時間番組だから、途中カットされていたかも知れない。。)
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# by lily_lila | 2007-05-17 21:09 | 渡米生活...住