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渡米生活日々の備忘録。
by lily_lila
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もう少し日々のツブヤキに近い内容はこっちに移動しました。
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「the Gerden of Ethel」
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風評被害、なんとかしようよ
福島原発20km以内の家畜が、元気な個体も全て一律移動禁止(従って安楽死)という政府の方針について、動物達を救うため活動されている玉木雄一郎衆議院議員がツィッターでこうコメントされていました。

「tamakiyuichiro 玉木雄一郎
ありがとうございます。区域外への移動を制限する主な理由は風評被害対策だと思います。RT @Koharu24: @tamakiyuichiro 区域外への移動は行わない。と決めた理由を聞いて頂けませんか?」


風評被害……。
あくまで、玉木議員の印象であって、実際本当にそうなのかどうかわからないですが、、、

(ちなみに、安楽死処分を望まない農家の方のために、サンクチュアリ・ファームなる計画を検討されているそうです。詳しくは以下のブログをどうぞ。
「安楽死の方針を受けて」


風評被害は、たしかに深刻です。
動物を救って、その結果風評被害にあった方が仕事で大打撃を受けたり、下手をしたら家庭崩壊、もしかしたら自殺者も出るかも、となったら、慎重にならざるを得ないのは分かる。

分かるけど!!!

ってことは、これらの動物は、ものごとを良く考えずにフィーリングで行動する国民全体によって殺される、ということです。
動物だけでなく、これまで福島の方が被曝差別を受けて苦労して来たのもそのせい。
全部、根っこはいっしょ。

他人を糾弾しているのではありません。
私にだって、誰にだって、程度の差はあれ、偏見や思い込みはあります。
でも、その偏見や思い込みで、正しいことが見えなくなって、ほんのちょっとの行動の躊躇いが、積もり積もって大きな被害になるんです。

たとえは悪いけど、高速道路での車の自然渋滞と同じです。
たとえばゆるやかな上り坂やトンネルの入り口で、ほんのちょっと、自分で気づかないほど僅かにスピードを落とすだけでも、みんながそれをやると渋滞になる。

渋滞と同じで、自覚がないから、風評被害を完全になくすことは、多分できないでしょう。

だけど、もう少し、なくすように努力することはできるんじゃない?! と思うのです。風評に踊らされている人々が、ではなく、我々全員が、です。 



「風評被害は根も歯もないでたらめによる被害。今おきているのは、実際に不安材料があるからで、根も歯もないことはない」

そんな意見もネットではよく見ます。ちょっと見たら、納得してしまいそうです。
だけど、問題はそういうことじゃない。

「じゃあ、あなたは、その不安材料について、どれだけ詳しく理解してるの?」


この質問に、玄人まるはだしの説明で反論できたら、おおいに心配して、怖いものに手を出さなければいい、と思います。
大多数の国民がそういう行動がとれるなら、そもそも風評被害なんて起こらないでしょう。

だけど、ネットに溢れてる殆どの声は、「●●という専門家が言ったから」というものです。


一応、研究業界に足を突っ込んでる人間として、言わせてもらうと。

専門家だからこそ、意見は千差万別なんですってば!!!

人と同じこと言ってたら業績にならない。オリジナリティが勝負なんだから、皆少しずつ違うことを言う。中には話題をとるためか、ひどいマユツバものの意見も混じっている。

だから、専門家に、誰もが納得出来て、絶対安全な「統一意見」を求めること自体、そもそも矛盾しているのですよ……。
少数の例をひいて「専門家が言ったから」なんてのは、全然理由になってない。本当は。

(勿論、数人が集まって、あるいは学会単位で、統一見解を出すことはあります。政府の公表も、ある程度の規模の委員会からなる統一見解です。しかし、それに反対する人は、一歩委員会を出ればいくらでも探せるでしょう。)

だから、その中の一人、あるいは一つの意見をサポートする、というのは、そんなに簡単なことじゃないのです……。
学会では、自分の意見を言うのも勇気がいりますが、誰かの意見をサポートするのも勇気がいるんです。
他の主張も出来るだけ聞いて、可能な限り理解して、その上で、「この人の意見が一番納得できる」と選択しなければ、とてもサポートなんてできませんから。


特に、他の人と違うことを言いたい研究者は、他の人の仕事に真っ向からケチをつけます。
あそこが足りない、ここにごまかしがある……
それ自体は、学問として健全。その人も、同じように他の人から攻撃されているはず。
しかし、素人が、専門家の少数の主張だけを読んで、それを全部鵜呑みにするのはとても危険です。
沢山の、色々な主張、立場の人の意見を聞いても、自分でも勉強して理解する努力をしなければ、やっぱり危険です。


つまり、今ある食品が危ないかどうか、福島からの動物が自分の町に来たら危険なのかどうか、それを判断するには、自分でもそうとう沢山の勉強をしなければわからないはずなんです。
ネットでちょっと人の意見(しかも大抵の場合ソースもアヤシイ)を見て分かることじゃない。
日本は世界でも有数の大学進学率を誇ります。
そんなに沢山「学士」様がいるのだから、もっと自分で勉強して、自分にとって本当に正しいと思われる判断を選ぶべきです。

それが、風評被害に対して日本人にできる「はず」のこと1つめ。




ふたつめは、もっと厄介です。
理由もなく、「なんとなく気持ちわるいから、安全をとって」というやつ。
多分、そう思う側に悪意はまったくない。選ぶのは自分の権利だと思っていると思います。

だけど。

実はそれは、差別の構造とまったく同じだ、ということに、どれだけの人が気づいているでしょうか?

風評被害、なんて、やった人間に罪悪感を感じさせない言葉が悪い。
だって、避ける根拠がないのに避けるのは、人間相手にやったら立派な差別でしょう。

そうすべき明白な根拠がないのに、国民があるカテゴリの食品を避ける。その結果、生活がたちゆかなくなる被害者が出る。
被害者がいるのだから、深刻に取り扱うべき差別なんです。


更に根が深いのは、「子供がいるから」という理由です。
「子供には、安全なものを食べさせたい。子供だけは、被曝の危険から遠ざけたい」
それは親として当たり前の心理だと思います。それ自身は決して悪いことではないし、親の権利であり、義務でもあると思います。

だけど、その遠ざける理由を、「念のため」「危なそうだから」というフィーリングで決めてしまったり、一部の専門家の過激な意見だけを取り上げて判断してしまったら、その判断の根拠は差別と変わりないのです。
たとえ子供を持つ親であっても、その部分を正当化はできません。
むしろ、親だからこそ、自分の身だけ守ればよい人達より、もっと真剣に勉強して、できるだけ沢山の種類の意見(似たようなのばかり聞いても意味がない)をきいて、どれを選ぶか決めなくてはならない。

それなのに、世間では、まるで子供を持つ親であれば、どれほど感情的に保守的になっても良い、と認めているかのように思えます。
「万が一にも子供を被曝させないために」と付け加えただけで、判断の理由はどうでもよくなってしまう、というか。

それは、はっきりいって、子供にも不幸なことです。
先にもいったように、専門家の意見なんて千差万別なんだから、フィーリングや風評で選んだ結果が本当に子供にとって一番よいかどうかなんて、保証の限りはありません。
とにかくなんでも一番危険を叫ぶ人の意見をとって保守的になれば良い、と言えるほど問題は簡単ではないと思います。

乳幼児の水道水規制のときも、多くの人が乳幼児以外の子供にも水筒を持たせたりしましたが、私は内心、ではあの水不足でミネラルウォーターが買えず、水筒を持っていけなかった子供達はどういう思いをしただろうか、と思いました。

大人には瑣細に見えることでも、子供同士で関係がぎくしゃくしたりすることはあると思います。
そういった全ての問題と、あのときの水道水の放射線量が体に及ぼす影響、どっちが深刻だったか。
私に子供がいたら、当時の線量を考慮に入れた上で、間違いなく前者が深刻と判断したと思います。




アメリカに来て、大きく変わったことのひとつは、私自身もかなり用心深くなった、ということです。
契約について、日々食べるものについて、保証について、盗難、犯罪………。
日本ではいままで想定したこともなかったような事が、普通に起こります。
商業活動ひとつとっても、日本に比べれば、全然消費者に優しくありません。
「万が一」を想定して、誰かの言葉を鵜呑みにせず、自分で信頼出来るソースを探して、自分で英語も頑張って読んで、自分の身を守らないと、大変な面倒ごとに巻き込まれる危険が常にあります。


日本にいたときは、常に、何か起きたら「政府が悪い、行政が悪い、会社が悪い」と思っていました。
だけど、そんな自分に疑問を持つようになりました。
自分の命、自分の生活。
自分から行動を起こして自分を守る、という視点がないと、全てが受け身になってしまいます。
その結果、個人のなにげない行動が、積もり積もって社会に及ぼす影響にも無関心になります。
それは、決して、日本の社会にとって良いことではないと思うのです。


行政が、風評被害を恐れて保守的になるのは、ある意味仕方がない部分もあります。
政府の発言は、一般人の発言に比べて、社会に与える影響があまりにも大きい。実際に被害に遭う人を極力減らさなくてはならないからです。
風評が広まるのは、政府の説明が悪い、という意見もあるでしょう。
その通りだ、と思うことも決して少なくない、と思います。

だけど、日本国民(私も含め)も、反省すべきだと思うのです。
風評被害を、行政機関が払拭できるか?
マスコミが払拭できるか?
そんなの、どう考えたって無理です。
だって、差別するのは国民で、差別は、誰の心にもあるんですから。

だったら、「政府の説明が悪い」と非難するその口で、その事実に気づいた人の全てが、誤解や行き過ぎた安全志向で誰かが辛い目に遭わないよう、社会に向けて訴えるべきなんじゃないでしょうか?

政府に丸投げするのでも、マスコミに丸投げするのでもなく、我々が動かないと。
これは日本の全ての人の、自分の中の偏見との戦いだと思います。


というわけで、私もひとつ、私の専門に近い分野でアピール出来ることをアピールしておこう、と思います。

  • 食肉、生きている家畜、野菜、人、がれき、その他全てについて、表面についた放射性物質を除染せずに出荷したり、警戒区域などから持ち出したりする事は許されていません。したがって、外の人間が、これらによって一般人の年間許容量以上の外部被曝を受けることは決してありません。呼吸による内部被曝もあり得ません。

  • 放射線や放射性物質は、素粒子や原子です。ウィルスや細菌のように、体内で増殖しません。感染もしません。生物みたいな複雑なことは出来ません。(まあ、ウィルスも生物ではないですが)

  • 放射線の正体は、電子、ガンマ線(エネルギーの高い光)などです。体内の臓器に吸着したり、溜まったりするようなものではありません。

  • 放射線を放出する核種で、今騒がれているのはヨウ素、セシウムですが、これらの元素としての毒性はほとんどありません。また、一生体に留まるものではなく、経口摂取なら数ヶ月で体外排出されます。

  • それより重い金属は、元素として有害なものもありますが、これらは重く揮発性ではないので、現在農産物が集荷されているような地域までは飛散していません。

  • 放射線量は、継続して新しい放射物質を取り込まない限り、時間がたつごとに減る一方です。

  • つまり、放射線量の現在の測定値が全てです。一度スクリーニングで問題ないとされたものの近くに行ったり、食品などを食べても、健康被害の恐れはまったくありません。


そんなの言われなくても知ってるよ、と思います?(笑)


じゃあ、質問!

生乳が出荷制限されている地域の乳牛が、次々廃牛になっています。
生乳が出荷出来ず採算がとれないため、農家の方々の苦渋の決断です。

さて、この乳牛の肉が、他の産地の乳牛の肉とまったく同じ値段で、スーパーに並んでいたとします。
今日は、牛肉をメニューにしようとしているとして、あなたはこの肉を買いますか?




…………




今、ちょっと「気持ち悪いな、やっぱり念のためほかの産地のものにしておくか」と思った人、いますか?


まさに、そういう方に、このエントリを見て欲しかったのです。(笑)


そういう方は、上の事が頭では分かっていても、感覚的に染み付いていない、ということです。
何故なら、スーパーに並んでいる時点で、スクリーニング検査はクリアしているはずだからです。


え? スクリーニングで基準値以下でも他産地の物の方が検出される放射線量が少ないかもしれないって?(笑)
そんなこと、誰も保証できませんよ!
既にこれだけ大気中に放射性物質がまき散らされた後では。
基準値以下は、基準値以下。それ以上の細かいことなんてわかりません。
大気の対流は複雑ですし、遠方の産地では、そもそも放射線量なんてチェックしてないかもしれませんしね。


責めているのではなくて、知識って、そういうものです。
頭でわかるのと、感覚的に納得するのは違う。
ましてや、放射線に関しては、殆どの人はここ数ヶ月で初めて詳しく知った、というところだと思います。
それが感覚として染み付くのには、どうしても時間がかかるものです。


だけど、その感覚的な不安が、風評被害に繋がります。
だからこそ、無自覚でいては、いつまでたっても風評被害は減らせないんです。


上のことをきちんと理解して、自分の行動が社会に及ぼす影響を考える人がとるべき行動は、これらの肉を完全に同等に扱う(勿論検出放射線量に関して、ですが)ことです。
あるいは現在の福島の状況を考慮し、応援の意味を込めて、福島産を買う機会をちょっと増やす、とか。


正直、勇気のいることかもしれません。
でも、それでいいんだ、と思うのです。

差別を退ける、というのは、誰にとっても、勇気がいることです。
だから、もっと、胸を張って勇気を出せば良い、と思います。


そうすれば、どこかで辛い思いをする人が、確実に減るんですから。






前にもどっかで書いた気がするんだけど(別ブログか??)

スーパーとかで、もし未だに福島県産は値引きしないと買ってもらえない、というなら、福島県産品は、定価のものと値引きしたものを両方並べておいておく、ってどうでしょうね。

で、「風評のために、値下げせざるを得ないけど、正規の値段で買って下さる方は、右の定価販売の山からとって下さい、差額は全部生産者に支払われます」と張り紙しておく(笑)

どっちの山が早く減るか、見てみたい気もする。
どっちかがなくなったら、シールでも張って片方から移せばいいし。

寄附も大切だけど、寄附ではなく、ちゃんとまともな値段で商品を買う、ということがまずは大事だと思う。
そうしたいと思っている消費者も、少なくないんじゃないかな。
販売者は、最初から値引きしないと駄目、と諦めるのではなく、なんとか値引きせずに消費者に買ってもらう方法も模索して欲しい、と思う。
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by lily_lila | 2011-05-14 23:40 | その他
アメリカなら確実に裁判で土浦市が負けます。
土浦、震災直後休暇で3職員処分 「理解得られない」社会総合 - エキサイトニュース

あまりに日本の動向に不安を感じたのでつい投稿してしまいました。時間ないのに。。。

「労働者」が、「正規の手続き」を経て、「与えられている権利」を行使しただけなのに、処分が下ったという話にかなり驚いています。
しかも、結構その処分に賛成している人もいる、というのが更にオドロキ。

事は公務員限定の話ではなく、労働者の権利が侵害されているのだ、という話なんですが。
感情的に、「アイツら普段いい思いしてるんだから、こんなときくらい働け、ザマアミロ」なんて個人的な感傷でこんな暴挙を傍観していると、それこそWisconsin州のように、いきなり労働者の交渉権を全部剥ぎ取られるような事件が起こる。
そうなってから、シマッタ、と思ってももう遅い。

あの時期に休暇をとるのが、回りの空気からして妥当だったかどうか、そんなことは、この問題とは関係ありません。
そんなもの、彼らに本当に近いところに居た人にしか、それぞれの事情なんて分からないのだから、第三者が勝手に判断すべきではないと思います。
そして、だからこそ、やっても良いとされる「権利」があり、ただしい手続きを踏めばその権利を行使しても「罰されない」という確証が必要なのです。

土浦市は、その権利を、勝手に市の権限で踏みにじったことになります。
しかも、市は一度、その休暇を許可している。
休暇の取り消しが市の一存で可能であり、取り消されたら職員は従わなければならない、との契約が最初にされていて、なおかつ市が休暇の取り消しを命じたのに休暇をとってしまった、等の特殊な状況でない限り、どう考えてもおかしな処分です。
アメリカだったら、逆に名誉毀損で裁判に持ち込まれて、膨大な損害賠償を請求されても文句言えない事例だと思いますよ。

そんなこと、ニュースのトップで出すのやめてよ、恥ずかしいから、と本気で思います…。
(まあ、仕事仲間は皆日本語読めないからいいけどさ)
つくば市の福島県民受け入れの際のゴタゴタといい、茨城県、学園都市を抱えてる自覚あるんでしょうか。
国外の優秀な研究者は、もう来てくれなくなりますよ、そんな国際感覚から外れたことばっかりやってると。
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by lily_lila | 2011-05-11 02:05 | その他