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渡米生活日々の備忘録。
by lily_lila
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「渡米生活。(日記)」
もう少し日々のツブヤキに近い内容はこっちに移動しました。
プログラム関係、web関係もそのうちこちらに移します。

「the Gerden of Ethel」
我が家のウサギブログ。
ウサギは、家に連れてきて最初の2週間以内に体調を崩す可能性が高い生き物です。飼う前にご一読を!
ちょっと待って、ウサギを買う前に…
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米大手ペット用品販売店「PetSmart」が生体ウサギの販売を中止する方向を発表
House Rabbit SocietyのWisconsin支部の会報に、アメリカの大手ペット用品販売店「PetSmart」が、昨年7月から実施していた生体ドワーフウサギ販売を止める方向を打ち出した事が記載されていました。
以下、PetSmartのwebsiteのページ(英文)です。

Dwarf Rabbit Sales Trial

PetSmartでは、昨年7月から、"Test sales"と銘打って、去勢・避妊済みの大人ウサギ(ドワーフ)の販売をしていた模様です。Test、とあるとおり、これで販売成績が良ければ、そのまま定番商品として採用するつもりだったのでしょう。
しかし、上記ページを斜め読みしたところ、採算が合わない、という理由で、現在残っているウサギが居なくなり次第販売を中止することに決定したようです。

実はMadisonのPetSmartでも、去年から数匹のドワーフウサギが売られていました。価格は99ドル。全て大人のウサギで、去勢・避妊手術済みです。日本のホームセンターのように、まともに母ウサギからお乳も貰っていない子ウサギを3千円程度で売ってしまう状況を考えれば、随分良心的だな、と思って見ていましたが、それでも米国内では結構な反発に遭っていたのだ、と今日知りました。

HRSは勿論、様々な動物愛護団体や著名人が反対声明を出したりしたようです。
勿論、そのことはPetSmart側も予想していたでしょうが、問題は、やはり思ったほど売れなかった、ということなのだと思います。実際、westにあるPetSmartでは、ケージから数匹がいなくなった程度です。
(初期にどのくらい売れたのか分かりませんし、別の支店もありますから、何匹本当に売れたのかは知りません。)

まず、99ドルという値段。これは、去勢、避妊費用を考えれば当然です。実際は、かなりギリギリの価格設定だと思います。つまり、沢山売らないと儲からない。
けれど、99ドルをちょっとペットショップで見て可愛いと思ったから、といってすぐに払える人はいないと思います。
勿論、ウサギのように、10年近く生きる生き物を3千円程度の値段で売ってしまう事自体が非常に問題ですから、この姿勢は正しいのですが、消費者は勿論、あ、可愛い、と思って衝動的に買う事がなくなります。(そしてそれも正しい。ちゃんとした準備と心構えなしに生き物を買うなど言語道断ですから)。

第二に、やはり、ウサギ初心者は、残念ながら、子ウサギを好むのです……。
本当は、ウサギ初心者ほど、大人ウサギの方が良いのですが。
犬や猫だって子供は難しいですが、ウサギの子供の飼育の難しさはそれを遥かに上回ります。ちょっとしたミスで、簡単に死んでしまうからです。
特に英米圏の場合、イースターのプレゼントとして、「子供用に」ウサギを買い与える傾向があります。子供用だから、小さくて力も弱い方がいい、と、とんでもない理屈です。子供は20年でようやく大人になりますが、ウサギはものの半年で大人になりますからね。
しかし、ウサギをよく知らない人がそう思うのはある意味仕方のないことで、そういう人達がまず足を運ぶのがペットショップです。で、そのペットショップでは、値段の高い大人ウサギしかいない。じゃあ、プレゼントは他のものにするか、という事になるのだと思います。

第三に、血統書付きウサギではない、ということ。
(ちなみに、私自身は、どんな生き物でも「血統書」ほど馬鹿馬鹿しいものはない、と思っていますので、あしからず。見てくれを良くする為に、個体は弱くなり、病気がちになって可哀想です)
去勢・避妊済みの大人ウサギなら、HRSでも地域のシェルターでも、いつでも引き取り手を探しているのです。アダプション料金は、精々30ドルくらい。

(ちなみに、アダプション料金を徴収するのは、安易な気持ちで里親になろうとする人を閉め出すことと、もっと酷いのは、可愛がると偽ってペットのハ虫類のエサにする人がいるからです。だから、折角救い出した命をエサにされないために、それなりの値段を要求する必要があるのです。徴収した料金は、去勢・避妊手術の料金に充当されますが、30ドル程度では多分足が出てると思います。)

これを、一方で99ドルで売ろうというのは、やはり無理でしょう。
血統書でもついていれば、少々高くても買うブランド好きな層を惹き付けたかも知れませんが、そういう人達はもっとブリーダーの分かっている素性の知れたウサギを買う傾向があるので、どっちにしても駄目だったかも知れません。

その程度のことは、PetSmart側も、最初から分かっていたと思うんですが……。
正直、この販売テストの目的がよくわかりません。
もっとも、最初は愛護団体の目を気にしながら騙し騙し、そのうち去勢も避妊もしていない子ウサギをもっと安くで売るつもりが、愛護団体の想像以上の強い反対があり、断念せざるを得なくなった、ということなのかも知れませんが。

以前にも書いた通り、私は従来アメリカの動物愛護団体に懐疑的だったのですが、こういう面を見ると、やはり凄いな、と考えを改めさせられます。
彼等の地道な活動が、結局大手ペット用品会社に、「生体販売は商売として成り立たない」という結論を導かせたのですから。
どうも、日本では動物愛護デモのような派手な面しか伝えられていないようで、それが多くの日本人が持っている「動物愛護アレルギー」に拍車をかけているのかな、と思いました。

(特に、クジラとか、国で衝突している部分もありますからね。私個人は、日本人がクジラ肉に興味を示さなくなった今、調査捕鯨を続ける意味がどのくらいあるのか、疑問を抱いていますが。第一、調査の結果って殆ど私達に下りてこないですし。調査捕鯨で何がわかったか、ニュースや新聞でも見た事がない(苦笑)。そういう調査は意味がないと、やはり国民の血税を使って科学の調査をさせて頂いている身としては、思います。)

でも、本当の愛護活動は、殆ど一般の人には見えない地道な活動です。
地道だけど、ちゃんと組織を作って活動することで、こんな風に、大手企業の薄利多売主義に歯止めをかけ、最終的に中止の決定をさせることが出来る。
そういう、力のない個人でも「何かができる」という信念みたいなものを、もう少し日本人よりこちらの人達の方が持っているのかな、とそう感じました。
勿論、日本にも、そう信じて地道な活動をしている人が沢山いるのですが……

草の根運動というのは、ある程度その運動に理解を示してくれる人の密度が高まると、漸く動き出す重い車輪みたいなところがありますよね。
日本は、ちょっと、まだ残念ながら、ちょっとその密度が薄いのかな、というのは、こちらに来てから強く感じていることです。
(勿論、何度もいいますが、Madisonは特殊な場所なので(笑)そのせいかもしれませんが。)

ところで、HRSの会報ですが、上記の報告に加えて、このような事も付け加えてありました。
(以下、私の訳ですから、誤訳があるかも知れませんが……)

悲しいことに、(この決定は)いくらかのウサギ達には遅すぎた。ここDane Countyでは、捨てウサギ及び里親募集に出されたウサギの数が、テストセール期間中に急増した。PetSmartの販売ウサギは耳に特殊な印が付けられているので、我々はこれらのウサギ達がシェルターに送られる数をチェックし続ける予定である。


胸が痛みます……。
100ドル近いお金を払っても、やはり、捨てる人は捨てるんですね……。
飽きたのか、あらかじめ、ウサギの生態を知らず、こんなはずではなかった、と手に負えなくなったのか。
それでも、シェルターに持ち込まれたウサギはまだましなのかも知れません。
毎年、イギリスやアメリカでは、相当な数の「イースターウサギ」が、飽きられて十分な餌や水も貰えず、飼い主の注意を引くような声で鳴けないために忘れ去られて、餓死している模様です。
水を貰えない餓死がどれほど辛いものか、想像すると本当に辛いです。
(だから、ウサギ愛護団体は現在一生懸命不幸な「イースターウサギ」の数を減らそうと活動しているわけですが……)

ウサギだけでなく、他のペットの動物もそうでしょうが。
生き物を家に迎えるのに、やはり相手の顔がよく分からない、というのは問題だと思うのです。
ペットショップで買う、というのは、だれだか分からない人から買うのと一緒です。
だれだか分からないから、問題が起こっても聞けないし、捨てるときも簡単。

極端な例ですが、例えば、友達の家で生まれた子犬をひきとったとする。
(友達との関係が良好なら)あの子どうしてる、元気にしてる? と、会話もあるでしょう。困ったら友達に相談できるし、ましてや、簡単に「捨てちゃった」なんてそう簡単には言えないから、捨てる事にも歯止めがかかるかもしれない。
そういう繋がりが大事だと思うのです。

HRSでは、なるべくそういう繋がりを築こうとしている姿勢が伺えます。「里親になりたいんですけど」と言って、その日になんか、絶対に渡してくれません。
何度もお見合いをして、テスト期間まで設けて、ようやく家族として迎える事ができます。
しかも、個人の事情でどうしても飼えなくなったときには、再度HRSが引き取る、という確約付きで譲り受けるのです。これは、個人の愛護家では確約出来ないことで、そこが組織の凄いところですね。勿論、その「理由」に関しては、双方納得するまで何度も相談が行われるのでしょうが。

日本に居た頃、世話になった東京都東大和のウサギ・ネコ専門店「バオバブ」では、毎月一度爪切りにきて下さいね、歯のチェックと合わせて、無料でやりますから、と言われました。
商売なんだから、アフターケアだから、といってしまえばそれまでなのかも知れない。
でも、一番最初の子ウサギを三日で死なせて、心底落ち込んでいたときに色々話を聞いてもらい、アドバイスを頂いた店長さんの言葉は、それだけではなかった、と思います。
1ヶ月に一度、買われて行った子がどんなふうに暮らしているのか見たい、そういう気持ちの現れだと思うのです。
無料なんだから、商売にはなりません(ちなみに、爪切りは、病院で頼むとお金をとられますヨ)。
まあ、ついでにエサを買って行ってくれるかもしれないですが(笑)。
でも、それだけじゃないんだろうな、と、今でも思います。困ったときに電話をしても、いつも丁寧にアドバイスをくれました。
(この店長さん、主張がはっきりしていて、弱い個体は売らないから血統書付きはナシ、ホームページも結局実際に来店してもらって生のウサギを見てもらわなくちゃ何もわからないから、わざと1ページだけの簡単なものしか作らない、という人です(笑)。ウサギブームにのって、(生体の)通信販売もやります、なんて専門店が増えて来た現在では、貴重なお店だと思います。ウサギをパートナーに迎えたいウサギの初心者の方は、お近くにお住まいなら、話だけでもきいてみたらいいと思います。
子ウサギ達の元気度は、ホームページの宣伝の通りです。何件かウサギ専門店を回りましたが、ここの子達が一番生き生きしていました。)

生き物を買うなら、そういう店長さんや店員さんと個人的な繋がりを作れる、ちゃんとした専門店で買うべきだと思う。
日本に居た頃は、そんなのは理想論だと思っていましたが、そうではないのかも知れない、と思い始めました。
現に、こちらでは、Petco.、Moundsに続きPetSmartもウサギ生体販売中止、そのかわりに、地元のシェルターと協力して、アダプションセンターを設けているのですから。

「そんなの、アメリカ人と日本人のメンタリティの違いだよ!」と片付ける前に、何か、個人で出来ることがあるのかもしれないな、と思い、ブログに書いてみました。

そういう、草の根から、すこしずつ、何かが出来るといいですよね(^^)。
「こんなことで何か変わるのか」というような些細に見えることでも(例えばブログを書く、なんてのもそうですが)、多分、全くやらないよりまし。そういう小さな積み重ねが、いつか、何かを変える下地を作るわけですから。
無理する必要はない。一人が頑張りすぎて疲れてしまうくらいなら、十人でのんびりやって、長く続ける方がいい。

そう思えるようになった、というのは、私が渡米して得たことの中でも、大切な事のうちの一つです。
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by lily_lila | 2008-02-28 16:36 | 渡米生活...環境・社会 | Comments(0)
車の修理と整備と交渉(とクレジットカード?)

車続きで、今日は車の修理の話。

注:以下、Mazda名指しで色々文句をたれてますが、これは米Mazdaのある一カ所のサービスディーラーの話であって、日本のMazdaとは関係ありません。
でも、日本のマツダからも、米Mazdaになんか言ってやって欲しいですけど!! ホント!


実は、昨年夏から、少々修理のことでディーラーとトラブルがありました。

ブレーキをかけるときにへんな音がするようになったので、車を譲ってくれた友人の時代からいきつけていたOdana rd沿いのMazdaのディーラーのサービスセンターに持ち込みました。
それが去年の夏。
問題のブレーキは、リアブレーキのパッドがなくなってドラムを削り始めていた、ということだったのですが、なにしろ古い車だったので、車の下の配管などが結構錆びていて、かなり大々的な修理が必要になる、と言われました。700ドルくらいかかる、というわけです。
(寒い地方では、冬に道路に凍結材を撒くので、よく錆びます。詳細はこちらを参照。)

続きはこちら
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by lily_lila | 2008-02-24 04:28 | 渡米生活...手続・契約・交渉 | Comments(0)
車の購入

アメリカと言えば、車社会。
結構重大なネタだったのに、投稿するのを忘れていました(笑)。

アメリカに来ると、よほど都会あるいはダウンタウン中心部に住んでいない限り、車がないと色々不便な面があります。近くに見えても、道路から建物から全てが大きいアメリカのこと、日本の距離感覚でいると、「エエッ! 近いと思ったのに!」という羽目に。
スーパーで売っているものも全てサイズが大きいから、ピーマン3個、1ガロンの牛乳、牛肉の塊1個、タマネギ一袋、、、くらいでもう2本の手で運ぶのが限界になります(笑)

そういうわけで、どうやって車を手に入れるか、ですが。

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by lily_lila | 2008-02-22 05:51 | 渡米生活...手続・契約・交渉 | Comments(0)
ある2月の夜

ふと気がつくと、なんだか冬の話ばかりしていますが(笑)

前日、少し暖かくなり、雨まじりの雪が降りました。
このまま春になるかな、と思ったけれど、翌日は真冬に逆戻り。
でもそのお陰で、とても美しい光景に出会いました。

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アパートの庭の木。幹まで雪(氷?)がびっしりです。

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アパート前の道。

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ここからは夜。奥に見えているのが、居住アパート。

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車も外に出しておくとこうなってしまいます(笑)。これはMAZDAのディーラーに置いてあった車。ここは照明が明るいので、写真を撮りにきました。

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自然界の銀細工です。
これほど美しい銀細工は、人の手ではなかなか作れませんね。

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モチモチの木?

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枝にもつらら

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ミナスティリスの王の木(笑)

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王様の木だらけ、か(笑)

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家に戻ると、野ウサギがお腹をすかせて待っていました。
実は、秋頃から、雪が降ると、小さなスコップ1杯くらいウサギ用ペレットを撒いてやっています。
あまり野生動物に手を貸してはいけないのですが、今年はとにかく地元の人が記録だと騒ぐくらいの豪雪で、ウサギの食べられるものは全て雪に埋まっています……
野鳥に餌をやるのが許されるなら、我が家一軒くらい、ほんの少し家のウサギのお裾分けをしてやっても良いでしょう。近くに畑もないし。

よほどお腹がすいているのか、1mぐらいの距離だというのに、窓を開けて餌を撒いても逃げません。私が見ている前でも、必死で食べています。
(お腹がふくれると逃げるので、決して馴れているわけではない)
まあ、うちのウサギの匂いがして、そこそこ安全だ、という安心もあるのでしょうが。

野生のウサギは、どうやってこの厳しい冬を凌ぐんでしょう?
最近は、足跡すら見ません。
現時点で、一体どれくらい生き残っているのか、本当に心配です。

もっと野ウサギが見たい方はこちら

もっと冬の写真が見たい方はこちら
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by lily_lila | 2008-02-19 23:49 | 渡米生活...環境・社会 | Comments(0)
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 5 参考文献

過去のエントリーはこちらです。


最後に、これまで私が読んだ本をご紹介します。
とくに、この記事を書くにあたって引用はしなかったのですが、読み返してみると、これらの本から学んだ事が反映されていると思いますので。
いずれも、大変面白い本です。

  • 日本人の英語 (マーク・ピーターセン著) 岩波書店

    これは、理系英語の必読書といってもいいと思います(笑)私もよく書くよ! こーいう英語! というのが満載で、論文書く時に大変役に立ちます。

  • オバケの英語 (明川哲也 クレイグ・ステファン 共著)

    これは、幽霊がアメリカに一人留学してきて友達ができず腐っている日本人に英語を教える、という一風変わった発音の指導書です。発音の指導書としてはフツウの本に比べると圧倒的に分かりやすいと思います。著者の一人明川氏は作家でもあり、これ一冊が物語になっていたりもして、そちらも楽しめます。


  • 生きた音楽表現へのアプローチ―エネルギー思考に基づく演奏解釈法(保科洋 著)音楽の友社

    これは英語の本ではありませんが、この「エネルギー」が音の高低、長短を生み、結果として楽曲になる(つまりまず始めにエネルギーありき)という(作曲家でもある著者の)姿勢を参考にしました。従って、それを再現する演奏では、フレーズの単位の中で、エネルギー的に連続条件が満たされていないと不自然に聞こえる、というのが著者の主張です。勿論、ここで導入されているのは音楽と物理のアナロジーであって、厳密に物理と一対一というわけにはなかなかいきませんが、人間が物理の大原則の中で生きている以上、ある意味必然とも思える類似かと思います。
    理屈が多すぎて、音楽関係の方には難書とされているようですが、理系の方には結構面白いと思います(現在在庫切れで中古でしか手に入りませんが…)


ところで、「日本人の英語」の著者を調べようとネットで検索したら、ここで長々と書いて来た事がもっとずっと簡潔に、非常に分かりやすく書いてあるサイトにいきあたりました(^^;)
なーんだ。サイショから知ってれば、「ここみてね」で終わりだったのに!(笑)

トラックバックが許されていればトラックバックするのですが、ないのでリンクとコメントを少々書かせて頂きます。

これが最初の記事です。最初から読む価値はあります。

英語が苦手の日本人、真の原因はコレだ!Vol.1 日本人どうして英語が話せない?

このなかの、

英語が苦手の日本人、真の原因はコレだ!Vol.2 英語は「息」でマスターできる!

英語が苦手の日本人、真の原因はコレだ!Vol.3 どうして英語が聞き取れない?

この二つの記事がドンピシャです(笑)。

このほか、

英語が苦手の日本人、真の原因はコレだ!Vol.4 英和辞典の意外な落とし穴!

は、私も知らなかったことで、「へええ!」と納得しました(笑)。
英和辞典のアクセントの位置が英英辞典とは違う、という話です。。
これは、驚きましたが、日本人には日本式の方が分かりやすいかもな、と思いました。
もとから子音の発音が苦手なのに、子音の部分にアクセントをつけられると、そこで力みすぎて変な力が入り、発音しにくくなるでしょうから。
それに、実際のNativeの発音をきいても、矢張り一番の声の勢いは母音にある、と感じますしね。逆に、そうする為に、助走として、直前の(同一音節内の)子音部分を沢山息を使って発音する必要があるともいえますが……。

あと、

英語が苦手の日本人、真の原因はコレだ!Vol.5 英語の「周波数」とは何か?

などは、よく言われていることですね。。

ただ、私はこの点に関しては、もう少し楽観的に考えています。「周波数領域が重ならない」とか言われちゃうと、もう「えええ〜〜〜!」と絶望的になるしかないような気分になってしまいますが、そもそも、2000Hzなんて、中央のラ(440Hz)の音の2オクターヴ上よりさらに上、こんな音域の楽音(音程のある音)が出せる人間は、アメリカ人は勿論、世界中何処を探してもいないと思います。モーツァルトの「夜の女王」のアリアにでてくる最高音だって、精々中央ファの2オクターヴ上ですからね(笑)。
つまり、ここでいっている「英語の音」というのは、子音の息の音(雑音に近い)であって、我々が普通音程を聞き分ける母音の音ではないです。
で、こういう雑音が日本人に聞こえないかといったら、当然聞こえます。ただ、耳元でやられると耳が痛い、と顔を顰めるでしょうが……

だから、日本人だって聞こえないわけじゃないけど、2000Hzもあるような音は雑音としか認知しないので、無意識に聴く時にフィルタをかけて落としている、というだけだと思います。だから、一度、自分自身でその雑音を発音することを覚えたら(つまり正しい子音で、ですね)、ちゃんと耳に入ってきます。これは私の経験とも合致します。

(というか、常々思ってたんですけど、こういうデータって一体どういう取り方してるんでしょうね? どこの部分のどんな音をサンプリングして、2000Hzから12000Hzなんて言ってるんだろうか。人間の声帯の構造からして、これは声帯から出る声では有り得ない、と思うのだけれど……。そもそも喋る言語は周波数の決まっている楽音とは違うから、多分フーリエ解析にでもかけて周波数を抜き出しているのだと思うのだけど、それだったら、普通に聞こえる母音の部分もサンプルすれば当然2000Hzより下にもピークが立つ筈だし……うーん、わからん。)


ところで、2000Hzから12000Hzなんていうのは、音のエネルギーが振動数と振幅の二乗に比例することを考えたら、相当高いエネルギーが必要です。(少なくとも日本語の1500Hz以下に比べて。)
まあ、これも「生きた音楽表現」からのパクリですが、そういう音を出すのに、体がエネルギーを余分に使わないで出るはずがないのです(笑)。人間だって、物理法則に支配されているのですから。

つまり、楽しようとせずに息をもっと使え、ということですね、結局(笑)。
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by lily_lila | 2008-02-18 05:24 | 渡米生活...英語 | Comments(0)
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 4 英文を考える能力を鍛える
過去のエントリーはこちらです。


(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)


さて、最後は、どうやって口をまわすか、という問題(笑)。
プレゼンテーションでも、普段の会話でも、とっさに一言が出て来ない、というもどかしさにはどう対処したらいいか。

いろいろ、機会を見つけて喋る、というのが一番なんでしょうが、これって、結構性格によるんですよね……(^^;)
もともと、日本語でもお喋りが好きな人は、なにかと話しかけてどんどん上達するのですが、日本語でも会話はどちらかといえば気の合った相手と、のんびり、じっくりがいい、という人は困ってしまうわけです(笑)。
だって、今日初めて会った人と何喋ればいいの?(爆)
まあ、趣味は、とかお見合いみたいな会話から始めて、、、というのが定石なのかもしれないけど……

「音楽は何が好きですか?」
「クラシックです。」
「どんな曲?」
「バッハとか、ブラームスとか、フォーレとか。」

このへんで、クラシックに興味がない人は、ふうん、そうなの、で会話終わり(笑)。
けっこう、続けるのが大変なんですよね、会話って。
相手もクラシックオタクなら、もうちょっと引き延ばせるんですが、それでも所詮 "I like ~"で言える事には限りがあるわけですよ(笑)。
で、ちょっと凝った事言おうとすると、もう文章がうかばない、と……

渡米した当初、お昼ご飯がなかなか大変でした(笑)。
職場の同僚は皆とてもいい人ばかりで、一人でご飯食べるのはよくないと、必ず誘ってくれるのです。
これぞ、会話のチャンス!
でも、皆で食べにいくわけですから、皆それぞれに色々楽しい話題を出して来るのです。
問題は、それが分からない、会話のスピードについていけない(爆)。
とにかく、何かを言おうにも、全く口を挟めないのです。なんの話してるのか分からないんだから(笑)。
それでも、皆親切で、私があまり長く黙ってきいてばかりいると、私にも答えられる質問をしてくれるのです。丁度上に書いたような。
嬉しくて、一生懸命答えるのですが、文章のヴァリエーションがないから、会話が続かない。

多分、本当にお喋り好きな人なら、それでも色々、自分の知っている事を喋るのだろうな、と思いながら、何度も申し訳なくて身の縮む思いをしました。
だって、みんな楽しく喋ってるのに、一人で黙ってたら、皆だって気にするじゃないですか。
でも、言葉が出て来ない。
言いたい事と、自分の表現力に、差がありすぎるのです。それは、シャイというのとは少し違う。

自分の経験を振り返って、複数人数での会話でどんどん上手くなる人と、そうでない人がいると思うのですが、私と同じような経験をお持ちの方は、会話なら一対一から始めない限り上手くならないと思います。つまり、相手がのんびり、こちらが言いたい事をひねり出すまで、待ってくれる環境がないと駄目。そうなると、日本では、英会話のプライベートスクールに行くくらいしか殆ど道がありません。

ところが、そういうマイペース型でも、多少口がまわるようになる方法があるんですね、これが(笑)。それは、

とにかく、10分くらいのプレゼンテーションを『通しで』30回以上練習する、というのを3、4回やる。発表の場があれば緊張感があって更に良し。

おいおい、言っていることが矛盾している、そのプレゼンをどうやって上手く喋るか、って話じゃなかったの?? ってツッコミが聞こえそうですが、これがまさしくその答えです(笑)。

実は、プレゼンテーションというのは、英会話の教材として完璧なんですよ(笑)。
ルームメイトが通っているESLでは、こういうトークを "Public Speaking"というそうです。で、このクラスをとると、皆もう学期の終わりにはやつれて大変だ、と散々脅かされてきたのですが、私は是非とりなさい、と思い切り勧めました(笑)。
つまり、会話に必要なスキルがちゃんと全部鍛えられるんですね。プレゼンテーションって。

  1. 自分のいいたいことをはっきりさせ、話の筋道を作る能力

  2. 聴衆に分かりやすい表現の習得

  3. 今喋っていることと違う事を考えるマルチタスクの習得

  4. 英文のリズムの習得


問題は、この通しで30回 × 3〜4回という回数を多いとみるか、少ないとみるか、ですね(笑)。
(ま、30回、はちと言い過ぎかな。1回目は30回か、それ以上かかるかもしれないけど、多分2回目には20回になるでしょう)

私は、少ないと思います。これで得られるものの大きさを考えたら、絶対少ないです。
ただし、やり方を間違えると全然ダメです。

ポイントは、

  1. 英文は、絶対に暗記しない。要点をスライド(今はPowerPointでしょうが。ちなみにMacな私はKeyNote派ですが(笑))に箇条書きにし、その場で英文を組み立てながら喋る訓練をする。

  2. とにかく、徹底的に、(自分の身の丈に合わない)難しい文法をやめる。発音が難しい単語も使わない。

  3. 大事なことほど、一文は短くする。

  4. 正しい発音とアクセントで、メリハリをつけてリズミカルに喋る。



まず1.ですが、これが一番肝要。覚えて喋るなんて、実際の会話にはほとんど役に経ちません。ところが、「フレーズを覚えれば」会話できる、と思っている人、結構多いんですねえ……。。
「フレーズを覚えて」できるようになるのは、この1の練習のときの試行錯誤に幅が出る、ということです。いくら覚えても、トピックをもらって、その場で文章を組み立てる練習をしなければ無理。
勿論、プレゼンテーションでも、その方が圧倒的に好印象です(勿論つかえたり止まったりしたら駄目ですが。そうならないレベルまで練習した、と仮定して)。
覚えて喋ったものは、聴いている方にも何がポイントなのかわからず、平坦で面白くありません。

2.は、まずは高望みしない、ということです。思うに、日本人は、知っている英語の知識と、会話で使えるレベルとの差がありすぎるのですよ……。
だから、自分が論文で書くレベルで喋ろう、と思っちゃうのですね。まあ、それは言いすぎでも、時制や受身、使役や進行形や……と、日本語で喋るときの事を考えて、それを忠実に訳そうとする。
だけど、最初からそういう高望みをすると挫折します。まずは、現在型、単純過去形、あと"which" "that"で繋ぐ複文ぐらいまででなんとかすればいいんじゃないでしょうか?
で、その次のトークでは、もう少し凝った文を使ってみる、と、ステップアップすればいいと思います。
which文は、日本人も比較的得意だし、非常に便利です(まあ、少々普段の会話には固いのかもしれませんが、そんなこと気にしない!)。これが使えるようになると、英文の簡潔さを保ったまま、ちょっと長めの文章が喋れるようになって、「細切れ英語」が改善します♪
単語も、発音しにくいものは避ける。これは上手く言えなくて文のリズムをくずすから、というのと、そういう微妙な発音のものを、聴いている方も理解するとは限らない、という二つの観点からです。

3.は、会話云々よりプレゼンという意味で大事です。10分も喋れば、どこが話のポイントなのか、ちゃんとはっきりさせないと、「で、結局何がいいたいの?」で終わってしまいます。
聴いている方だって、滔々と流れていく英語を時系列で逐次変換しながら頭にしまい込んでいるのであって、装飾ゴチャゴチャの長い文章など、整理して頭に納める暇はないのです。
だから、一番大事なことは、そういう余計な脳のCPUを使わせない程度の、明確な一文にすると、「ああ、要は、この1文が結論なのね」と思ってもらえて、「うん、よくわかった」という印象になります(笑)。
(逆にいうと、他の文もこれと同じくらいの長さの文章でしか喋れない、となると、ちょっとインパクトがおちます。もうちょっと1.の部分を練り直した方がいいかもしれません。)

4. は、これまで散々書いて来たから割愛。折角の英語も、伝わらなければ意味がありませんから。。
ジャパニーズイングリッシュでも、よーく練習すれば伝わるのでしょうが、なにも、30回もかけて悪い発音の聞き取りにくいものを習得する必要は全くないと、私は思います。

これで、プレゼンはもちろん上手くなるでしょうが、会話も圧倒的に上手くなります。英会話に漫然と通うより絶対効果あると思います。
(私の経験から。英会話にも通ったし、いろいろやりましたが、結局一番効いたのはコレでした。)

つまり、どんな本にも書かれていることですが、「繰り返して」同じ事を練習するのが、やっぱり言語の習得には絶対に不可欠なのです。
ところが、普通は、繰り返すといっても、精々5~6回でやめてしまうのですね(笑)。
私も、5~6回でまあ大丈夫かな、と思っていた頃にはあまり進歩がありませんでした。
でも、残念ながら、それでは全然足りないのです。五種類のことを、5回ずつ繰り返してやるよりも、1つのことを25回繰り返したら、きっと違うものが見えてくると思うのです。

こんな話があります。私の職場のコラボレータの一人です。
彼はオーストラリア人ですので、Native Speakerです。
その彼が、大学の物理学科の中で、1時間のトークをまかされることになりました。
聴衆は、物理教室のなかの興味のある学生さんと先生方、実際集まったのは20人程度です。

そしたら、彼は、その1時間のトークを、二十回くらい練習した、というのですね(笑)。
それで、1回のトークにかかった時間の時間分布をはかり、ちゃんと時間内に収まるようにした、と。
二十回、といったら、通すだけで20時間ですよ! 国際会議でもないのに!
それを聴いた瞬間に、私はまだまだ全然ダメだ、と実感しました。
ネイティブでも、そこまで練習して、どこが無駄で、どこが大事か、どういうふうに喋れば大事なポイントがうまく伝わるか、試行錯誤するのです。
そして、やっぱり、そういうトークは聴いていてよくわかるし、面白いのです。

トークというのは、一度に見えるスライドは一枚ですが、喋る方は次のスライドのことも考えながら喋らなくてはならない。
でないと、話が繋がりませんから。
次のスライドの内容が何かを全部覚えてしまうほどやらないと、魅力的なトークにはなりません。
で、この、次のスライドの内容を考えながら喋る、という訓練が、実は普段の会話でももの凄く威力を発揮するのです。

つまり、会話というのは、(日本語の場合を考えれば明白でしょうが)伝えたい何かがあり、それを伝えるための文章を考え、言葉にして喋る、ということを同時進行で行うマルチタスクの作業です。
その上、相手の反応によって逐次判断が必要です。
「とっさに一言がでてこない」 人も、30秒時間が貰えたら、その間に英文を組み立てて発音までもっていける、という人もあるかもしれません。
でも、それは、「喋りたいことを考える」→「英文を組み立てる」→「発音」を順番に、脳味噌を100%使ってやっているからです。
ところが、会話はマルチタスクですから、これらの過程に100%脳味噌のCPUを使っちゃうと、やっぱり喋れないのですよ……(笑)
で、このプレゼンの練習(サル練ですね、これはもう)は、そのマルチタスクの部分を鍛えてくれるのですね。

もうひとつ、忘れてはならないことは、この30回の練習は、暗唱ではない、ということです。
箇条書きの項目を見ながら、どう言えばうまく伝わるか、試行錯誤を、声を実際に出しながらやる、ということなのです。
それは、和文英訳ではなく、直接英語で考える事の訓練にもなります。日本文を作っておいて英訳しようとすると、脳のCPUが大変苦しいことになります。
馴れていないうちは、普段の会話ではそうせざるを得ないかもしれませんが、折角相手のいないサル練をしているのだから、是非直接英文を考えましょう。
ノートの上で原稿をいじくり回しても、何の意味もありませんから、必ず、大きな声で、スライドの該当箇所をポインターで指しながら、練習すること!
人目があると恥ずかしいなら、寝室に籠ってでも、とにかく、教室の後ろまで聞こえる声で練習する。でないと、4.の、正しい発音でリズミカルに、がまったく鍛えられません。
30回も練習すれば、大抵は最初に考えたよりもっといい表現が見つかって、それも喋れるようになります。「I like 〜」オンリーのレベルから、多少レベルアップできるわけです。
その、いろいろ試してみる過程が大事で、実際にトークには採用されなくても、普段の会話でポロリと出て来るようになるのです(ちゃんと大きな声で練習していれば、ね)。

プレゼンテーションなんて、何を喋ればいいのか?? って?
お題はいくらでもありますよ!
自分の好きなものや趣味についてでもいいし、何か時事問題について簡単なまとめと自分の考えを述べるでもいいし、所謂How Toもの、得意のレシピの紹介とかでもいい。
習い事のこと、ペットのこと、家族のこと、地域の情報、題材はいくらでも転がっています。
10分のトークなら、スライドはタイトルをあわせて10枚が目安です。大体、1枚につき1分が目安。結構な量です。
先に紹介したPublic Speaking のクラスでは、最初は一人3分とかから始めたようですが、3分だと、日常会話で使えるレベルの内容まで踏み込めないのですね。
だから、やはり、腹をくくって10分喋る訓練をするのが、結局近道だと思います。
(勿論、どうしても無理なら、少ない持ち時間から始めればいいと思いますが。)

プレゼンの唯一の問題点は、聴いてもらう相手が必要だ、ということでしょうか。
しかもスライドつきで(笑)。スライドは大事です。スライドなしで、10分も喋り続けることなんて、最初からできるわけがありません。
だから、スライドは、聴衆にわかりやすいように、かつ自分が喋りやすいように、時間をかけて作らないといけません。
そして、できれば、複数人数の前で発表するのが一番いいのです。緊張感があって、上達も早いです。
(トークの内容、英文を指導してくれる人がいれば尚更よしですが、それはなかなか環境が許さない事もあるでしょう)
もし本気で英語を喋りたい人が数人いるなら、持ち回りでプレゼンをやり、そのあと英語で質疑応答、とかやったら非常にいい訓練になると思います。
あるいは、プライベートレッスンに通っているなら、先生にそういうことをやってみたい、ともちかけてみてはいかがでしょうか?

学生と院生時代が長かったので(笑) その分、英語で苦労している学生さんも沢山見たわけですが、みなさん、国際学会に出ると、いきなり英語が上手くなります(笑)。
国際学会に出るからといって、特に英語が喋れるわけではないです。でも、英語がダメダメだろうがなんだろうが、指導教官に「行ってこい!」と言われたら絶対ですからね(笑)。
それでも、十数分のトークを指導教官に何度も直されながら練習し、試行錯誤し、緊張しながら発表する、という経験は、英語を喋る、という観点からするとものすごくプラスなんですね。
1回で終わった人は、その分だけ、複数回喋った人は、喋る度にどんどん上手くなります。トークも上手くなるけど、英会話も出来るようになってきます。
ただし、丸暗記で凌いでしまった人は、トークは上手くなっても、英会話は上手くならないので要注意ですが。
これは、今迄みてきた学生さん全てに当てはまる事なので、最早必然といってもいい、と、私は勝手に思っています(笑)。

なーんだ、結局近道なんてないんじゃないか、と思われるかも知れません。
でも、本当にそうかしら?
たかだか数回、国際学会で喋ってきただけで、英語の苦手意識を克服した人は沢山いるのです。いや、まだ苦手なのかもしれないけど、少なくとも英語で喋りかけられたら逃げ出したい、ということはなくなると思います。
通信販売の英会話教材などでそこまでの自信を得るのに、どれくらいかかるか、ちょっと考えてみるといいと思います。
私は、これが結局、一番お金もかからないし、究極の近道だ、と思うのですけれどね(笑)。


長々とおつきあいありがとうございましたm(_~_)m。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 5 参考文献も見てね♪
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by lily_lila | 2008-02-16 03:35 | 渡米生活...英語 | Comments(2)
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 3 子音
さて、いつのまにかシリーズになってしまいましたが、今日は子音についての一考察。ちなみに、過去のエントリーはこちらです。


(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)



さて、私の印象では、考察1で触れたように、子音は少なくとも母音より大事です。
母音より大事、という言い方が大げさならば、子音の正しい発音があまりにも軽視されている現状では、日本人としてはこちらにより注意を割く必要がある、ということです。

一番の問題は、日本語に似た子音があること、だと思います。ところが、これらは似て非なるものです。何が違うかというと、息を使う量、勢いが決定的に違うのです(またか…)。
まあ、日本語にない音というと、すぐに思い浮かぶのはthの発音ですが、実はこれがまずくて英語を理解してもらえない、ということはあまりないのですね。
勿論、あきらかに[s]に近い発音をすると間違われる事はありますが……殆どの場合、それでは通じない、ということを私達自身が知っているので、結構皆さんそれなりに出来ているのです。

(ちなみに、thの発音は、よく舌を噛め、と言われますが、そんなことをやってたら勿論発音出来ないので、舌先を上の歯の裏につけて、勢い良く脇から息を押し出すだけで、それっぽい音になります。
とはいえ、イギリスの上流階級の方は、本当に舌を歯の隙間から覗かせて喋る筋肉をお持ちだとのこと(<my room mateがESLから仕入れて来た話(笑))で、舌先がどれだけ歯の間から見えるかで、階級がわかる、ということらしいですが……<ホントかどうか知りませんよ! でもそうであっても驚きませんが(笑)。)

というわけで、問題は、日本人が「日本語にもある」と思っている、B, P, Fなどの音です。 R, Lなどの差も苦手ですが、こちらはまだ意識されているだけマシだと思います。
日本語というのは、常に息を少なく使う方向に発展してきている言語なので、これらの発音で日本語そのままの音を使ってしまうと、全然迫力がないのです。

例えば、このあいだconversation partnerに聞かれた質問なのですが。
何故「十分」を「じゅうふん」ではなく「じっぷん」と発音するのか、という問題です。
私の勝手な推測ですが、それは多分、「じゅうふん」では「じゅう」で息を抜いた上に、「ふ」の発音で更に息を使うことを要求されるからです。
それを、「じっぷん」と撥音にすることで、一音節に使う息の量は大幅に減ります。その方が発音しやすい、というのが日本人のセンスです。
じゃあ、「十九分」はどうなのかって?  「じゅうきゅうふん」はつまってないじゃないか、と。
よくよく発音を注意してみてほしいのですが、「じゅうきゅうふん」は、殆どの場合「きゅう」にアクセントがきます。(方言で違うものがあったらご容赦)。そして、「きゅう」の発音は、「じゅう」の発音より使う息の量が少ないのです。「ジュ」の発音は、息を使わない日本語のなかでも、比較的息を多めに要求する、言い換えれば「息を舌でせきとめておいて、隙間からもれる音で発音する」子音です。それに比べ、「か」行の発音はより抵抗が少なく発音出来るため、結果的に息をそんなに使わずに済む。
それでも、息が抜けることに代わりはないので、「じゅう」の部分はアクセントの手前で、少し軽めに発音する。
どうでしょう? なんか、辻褄あっているように見えませんか?(笑)

さて、そういう日本人が、Nativeにわかってもらえる英語を喋るには、何を気をつけなくてはならないか。

とにかく、息をケチらない。英語のアクセントをつけるには、日本語を喋る時の3倍くらい息を使うつもりにならないとダメだけど、子音でも2倍くらい使うつもりなる。

結局、これにつきると思うのですよ……。

例えば、Bの発音は、日本語なら「ばびぶべぼ」ですが、ためしに、唇を閉じておいて、息を唇の内側に吹き付けておいて(つまり唇は圧力を感じているはず)、それから唇を開いて発音すると、Bの音がもっと弾けるような音になって、英語の「Ba」の発音に近くなります。そして、その反動で、「a」の音は、もっと英語の「a」に近いお腹から出すような音になります。やってみると分かりますが、日本語の「ば」を発音するより、ずっと沢山の息をこの一音で使ってしまうはずです。
この、息がせき止められた感じとか、舌の間からしゅーしゅー漏れてる感じ、というのが、実は決定的に重要なのですね。
つまり、舌や唇にはっきり負荷をかけ、息の勢いで押し出す、そういう発音が重要、ということになります。
その証拠に、日本語の「ば」を発音すると、こちらでは「Wa」にきき間違えられる事がよくあります。つまり、彼等がきいているのは実際に唇を閉じているかどうかではなくて、そこで使われている息の量、あるいは息の唇や舌先でのせき止められ具合、といったものだというのが伺えます。

つまるところ、英語を喋るには、結構肺活量がいるのです(笑)。冗談ではなくて、ホントですよ!

で、これは、意識して鍛えないと、日本人にはできないのです。なにしろ、(何度も言いますが)日本語というのは、とことん息を使わないようにできているのですから(笑)。
大阪などで、元気よく喋っている関西弁なんか聞くと、とてもそうとは信じられないでしょうが(自分も一時兵庫県民でしたから、関西弁は一応喋れます)、それでも、標準語よりましとはいえ、英語で使う息よりはよほど少ないのです。というより、英語であのスピード、あの声の大きさで喋ったら、酸欠になるだろう、という表現の方が正しいかもしれませんが。

で、この筋肉、肺活量とそれを支える腹筋でしょうが、これらを鍛えるのには、やっぱり所謂「サル練」が一番です(笑)。
(「サル連」はもしかしたら学生オーケストラ用語かもしれませんね?? サルまわしのサルのように、同じ箇所を繰り返し練習する、の意味。)
筋トレなんですから、教材は何でもいいのです。Nativeが喋ってくれる、真似したい発音が入っているものなら。
ただし、考察2で述べた理由で、必要以上に遅く喋ってる教材はダメです。リズム感が残っているくらいの早口で、一文が短いものから始めるといいかと。
私はその昔、とあるオーソドックスな英語教材で、「繰り返して喋りましょう」みたいな練習が入っているCDを、八王子から筑波まで通う車の中で、ひたすら繰り返しました。

最初は口が回らないのですが、とにかく、無茶でもなんでも、息の強勢に注意して真似ているうちに、息の使い方が分かってきます。
もっと率直に言うと、手の抜き方を覚えます(笑)。
そうすると、より強くアクセントをつけられるようになります。
それが出来て来ると、今度は、子音をちゃんと上に書いたような方法ではっきり発音しないと、単語が滑る感じになるのが分かってきます。
それで、上手く子音の発音を織り込めるようになれば、しめたものです。
そこまで出来て来ると、大体既にお腹から声が出るようになっているので、母音も殆ど苦労なく真似できます。
筑波まで2時間、これをやったら、最初の頃は、腹筋が筋肉痛になりました(苦笑)。そのくらい、英語を喋るというのは、日本語とは違う筋力を使うのですね。

とにかく、同じ教材を繰り返して喋るだけなので、英語の知識、という意味では殆ど得る所はなかったと思います。
なにしろ、例文は、ポストオフィスはどこか、夕食に行った、グリーンピースはいかが、メニューをください、、、、そのレベルですから(笑)。
ところが、驚くことに、これをやると、筑波で外国人研究員とうまく喋れるようになるのですね(笑)。
つまり、英語を喋るときに、息がひっかからなくなるので、その分英語を考える方に頭を回せるのです。
限りある脳味噌を、ブレスコントロールと発音という面に回さなくてもよくなるだけで、全然違うのですよ!
それから、こんな中学一年生用の例文でも、主語→述語の順番を体に叩き込むには十分効果がありますしね。。。


さて、最後の項目、母音ですが。
正直なところ、私は母音はそれほど神経質にならなくてもいいと思っています。
だって、どうせ、英語と米語でも違うし。インド英語なんか、かなり違ってるし。
(インド英語はアクセントの場所まで違うけど。。。だから、最初はホントに何言ってるのか全然わからなかった……)
それだって通じるのだから、母音は、多分英文の意味を知るのにそんなに重要じゃないんじゃないか、と。
そんなに土地によって変化するものが、コミュニケーションの上で、致命的な弱点になるはずがないのです。

ただ、なんか母音が口先で発音しているような感じがする、という人は、普段日本語の母音を発音するときの喉の感じをイメージしてみるといいと思います。
歌をやってるとか、演劇などで大きな声を出す訓練をしている、というのでなければ、多分気道が殆ど塞がっていて、声帯が結構絞られている状態になっていると思います。
この状態で、「あ〜」とやると、声帯が、無理矢理息に押し開かれる感覚を喉に感じます。

このとき、口はそのまま、「あ〜は」と「あ」から「は」へ少しずつ音を変えて行く(ただし「は」は言い直さず、「は」を伸ばしたあとの音に直接移行する)と、混じったような声を出そうとすると、少し声帯が開いて、声帯ではなく胸の気管支くらいのところがビリビリ震える感じがして、先ほど感じた声帯への圧力が減るのがわかります。
このビリビリする感じを覚えて、[a][e][i][o][u]の五つの母音のときに、これを感じるような音を出す訓練をします。「ha][he][hi][ho][hu]と発音して伸ばした音でもいいかも知れませんね。

くどくて申し訳ないですが、「あ」より「は」の方が息を使うのはご存知の通りで、従って英語では母音を発音するのにも、日本語より沢山の息が必要です(笑)。
日本語と同じ「イ」を使う事がまったくないわけではないですが、そんな細かい差ははっきりってどうでもいいです(笑)。違うイだって通じます。
ただ、母音も喉の奥でお腹から発音できるようになっておいたほうが、圧倒的に楽だと思います。子音はどうしても正しく息を使って発音する必要がありますから、母音だけ日本式の発音をしようとすると、非常に声が出しにくくなります。

また余談になりますが。。。

私の偏見かもしれませんが、日本人は、どうも母音が5つしかない、ということにひどくコンプレックスを持っているように思うのです(笑)。
だから、あんなに躍起になって、中学一年生の英語に片足突っ込んだばかりの子供達に、[a]と [ae ←aとeがくっついたような発音記号]の違いを教えるんじゃないか、と。
(いや、最近のカリキュラムは知りませんが。。私のときはそうでした)
「ア」だけで三種類ある、「イ」も「オ」も……なんてやられたら、そりゃ、分からなくなりますよネ(^^;)。
でも、これらをちゃんぽんにしてメチャクチャに使っても、大抵の場合、ちゃんと通じるのですよ……。子音をちゃんぽんにすると、ダメですけどね。。
あれのせいで、発音といえば母音、しかも、英語と米語じゃどうも違うことも多いっぽいのに、なんで覚えなきゃいけないんだろう、、と、なんだか発音なんてどうでもいいやムードになってしまうのじゃないかと思うのです。

それよりも、息の使い方を、徹底的に中一のときに教えて欲しかった、とホントに思います。それから、正しい子音の発音。アクセントの重要性。
新しい単語を見たときに、発音記号を見ながら、どういう強勢をつければいいか、自分で判断できることの方がよっぽど大事です。既出単語のアクセントなんてどうでもいいから、見た事もない単語と発音記号を見せて、正しい発音ができるか、それを口頭試問する方がよほど将来の役に立ちます。

発音が簡単にできる、というのはとても大事なことなのです。だって、脳味噌は、口でつかえてうまく発音出来ない単語、というのは覚えられないのですから。
脳は音を覚えるのだから、当然のことですが(たとえ口に出していなくてもです。単語を、文字の羅列として、図形として覚えている人はそういないと私は思う)、ここで音を構成することにつまづいてしまうと、何が起こるか。

日本人の大好きな、ローマ字読みにして、覚えてしまうのですね(爆)。

学生さんを責めることはできないですよ、テストはあるし、もう、覚えられて点数とれるなら、ローマ字読みだって全然困らないわけですから。

でも、そのツケは、いざ自分が本当に英語を喋らなくてはならなくなったときに、そりゃあ手痛く跳ね返ってくるのですよ……。
だって、昔ローマ字読みで覚えてしまった単語は、もう一度、正しい発音で覚え直さないと、会話では使えないんですよ!
論文読むには役に立つけれど、会話では使えない。この悲しさ!
私も未だにそういうローマ字英語のストックがあります。漸く最近になって、綴りをみれば大体正しい発音と強勢がわかるようになってきましたが、それも綴りを完璧に覚えていれば、の話で、綴りを忘れて音だけ覚えているようなやつは、もう思い切り「死に単語」なわけです(涙)。
そして、勿論、メールなんかで使おうものなら、思い切りスペル間違えてスペルチェッカーに怒られる(苦笑)<いや、怒られるのはまだましで、もう候補も見つからなくて結局カタカナ英語辞典を引く羽目に……

周囲を見渡してみて、英語喋るのは苦手です、という人には、この「ローマ字」英語の語彙数が圧倒的に多い人が結構いるのです……
あれを全部正しい発音で覚え直すのは大変な作業だなあ、と、端からみていても思いますから、英語恐怖症になっても仕方がないのかもしれません。

脱線が長くなりましたが。。。

そんなわけで、母音に関しては、私は(単語全体として)発音しやすいような音を探せば、子音と強勢がちゃんと出来ているかぎり、あまりはずれた音にはならない、と楽観的に考えています。

次回は、最後の課題、英文そのものを組み立てる速度を上げるにはどうしたらよいか、という永遠の難問(?!)について考えてみたいと思います。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 4 英文を考える能力を鍛えるへ進む
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by lily_lila | 2008-02-12 17:21 | 渡米生活...英語 | Comments(0)
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 2 アクセント
さて、(理系の為の)分かって貰える英語を喋るための一考察 1で、日本語の息の使い方が、英語の息の使い方と違う、というところまで書いたので、今日は息の使い方とアクセントについて、私の考えをまとめてみます。

(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)


前回、渾身の(笑)私の発音が音声認識プログラムに理解してもらえなかった、という話を書きましたが、その後、自分なりに、なにがまずかったのか、いろいろ分析してみました。
数え上げればきりがないのですが……


  1. アクセントの位置が正しくない

  2. アクセントの場所で息が十分使えていない

  3. 子音の発音がはっきりしない。息も使えていないし、空気が溜まる感じがちゃんと出せていない



まず1番ですが、白状すると、私は高校時代の模試でこのアクセント問題がほぼ全滅でした(苦笑)。

だって、なんだか、アクセントってカッコつけてる感じがしません?(笑)

当時、やたらアクセントを強調して英語を喋る日本人を見ると、「このアメリカ気触れが!」って猛烈に反感抱きました(笑)。
まあ、若かった、ってことですが。。
でも、一応言い訳もさせてもらうと、私には、どうきいてもそのわざとらしいアクセントが美しいとは思えなかったのです。
言語として、(何も言語学なんてわかっていないけど)、ものすごく不自然だと感じる。
そんな有様ですから、単語の正しいアクセントの位置なんて覚えているはずもなく………、、、
でも、自分でも、それはサボリの言い訳にすぎない、と分かっていました。

ところが、それから十余年経った今、Nativeの英語に馴れてきた耳で改めてその発音を聞くと、あの当時感じた違和感が正しかった、と思うのです。
何がまずかったか。
それは、アクセントを「音の高低」でとらえてしまう日本語の都合を、そのまま英語に持ち込んでいるからです。

アクセントは、あくまでも「強勢」であって、高低ではないのです。つまり、息を余分に使わなくてはならない。
息を余分に使った結果、音がずり上がることはあるかもしれないけれど、それはあくまでも二次的な効果なのです。
ところが、日本語は、強勢ではなく高低をつける文化です。関西弁と関東弁は、勿論単語自体が違うこともあるけれど、多くの場合、高低が違う。
つまり、音の高低に敏感な民族なんでしょうね。
人間の自然な習性として、高い音を出そうとしたら息を多く使う傾向がありますから、日本語にも強勢がまったくないわけではないですが、日本語の強勢はあくまで二次効果に過ぎません。

その日本語の感性で、英語のアクセントをきくと、おそらく、その音がずりあがっている部分を認知して、息が多く使われている部分は無視されてしまうのではないか。
無視がいいすぎなら、軽視されている、といってもよいかも知れませんが……。
だから、自分がアクセントをつけて英単語を発音するときに、息を多く使う、という観点が欠けてしまう。場合によると、音の高さを上げることをアクセントだと思っている場合もある。
そんなふうに思うのです。
そして、そういう英語は、やはり非常に聞きにくいのですね。

私が高校生だった当時、アクセントを、もっと息の使い方を指導する、という立場で教えられていたら、もう少しアクセント問題が得意だったかもしれない、と、ちょっと言い訳がましいことを考えたりもするのです。

じゃあ、日本の英語教育の何がまずいのか。


私は、英語の息の使い方をきちんと教えない、というその一点につきると思います。


それは勿論、英文を読む、書くだけの授業で身に付くはずがないですから、当然英会話の授業もある程度は必要でしょう。でも、この部分、つまりブレス・コントロールを教えないで、ただ会話の授業を、しかも日本人の学生同士の温すぎる環境でやって、はたしてどれだけ実践に使えるかといったら、私は殆ど使えない、と思うのです。

まあ、頭の中で英文をひねり出す訓練にはなるかもしれませんが、そんなものは、後で独学だって出来る。これもあとで書きますが、この部分は単に訓練、筋トレと同じレベルです。そんな事に貴重な授業を使うくらいなら、その時間で文法のひとつ、英単語の一つでも覚える方が、まだましです。それは、数年後、本当に英語を喋る必要が出て来た時に、強力な武器になりますから。

私がただの英会話授業(Nativeが半数以上を占める環境は除く。でも、普通の学校の授業でそれは有り得ないでしょう)にほとんど意味がない、と感じる理由は、1で述べたとおりです。
実践の会話は予期出来るものではないし、テンポが全然違う。その過酷な? 環境に晒されたとき、わかりやすく極度に速度を落とし、ジャパニーズ・イングリッシュの訛り吹き荒れる英会話授業での経験など、なんの役にも立たないからです。
そんなことより、たとえパーティの前に用意して暗記していった一文でも良いから、相手に分かってもらえる英語が話せる、という自信の方がよほど大事です。
そしてそのためには、上に書いたブレス・コントロールの指導が絶対必要で、そのためになら、授業時間を割く意味がある、と私は思うのです。
残念ながら、日本人は、日本語の特性上、これをほとんど必要としない文化で育ってますから、ただ、「真似しろ」といって出来るものではありません。

具体的に、どういうブレスコントロールが必要なのか、例えを展開しますが……

私は個人的に音楽が好きなので、例えもそちらに偏りますが、息の使い方を教えずに英語を喋らせようとするのは、ブレスコントロールを教えないで歌を歌え、といっているのと全く同じことです。
あるいは、トランペットやフルートなどの、息を使う楽器なら何でもよいのですが……。

ある音にアクセントがある、ということは、その直前は、そのアクセントのための準備が必要です。歌でも楽器でもそうですが、アクセント記号の直前を全力で演奏する奏者はいません。
そんなことをしたらアクセントがうまくつけられないのを、体験で知ってるからです。直前に抜くからこそ、アクセントが際立つというのも分かっている。
ところが、英語のアクセントでは、それをみんな平気でやるのですね(笑)。
まあ、ある意味真面目なのだと思うのですが、アクセントの直前の音節(シラブル)も、一生懸命きちんとしっかり発音しようとする。そうすると、ものすごくアクセントが付けにくくて、わざとらしくなるのです。
しかも、コントラストが際立っていないから、本人が意図したほどきちんとついていない(苦笑)。
私が中学、高校時代のヒアリング教材で感じた違和感は、まさにこれでした。

喋るということは、息を使う、ということです。したがって、アクセントの直前は、息をセーブする感じになり、アクセントの音節で思い切り息を使い、そのあとはまた収束する。
そんな波のあるものが、全ての音節で、同じ長さに収まるはずがありません。
当然、アクセントの直後の母音は、他の母音より長く発音するケースが多くなります。このときに、その長母音の長さに見合った勢いがアクセントに付加されていないと、ひどく平坦な印象になります。
そして、この平坦さが、例えば自動音声認識プログラムには致命的に悪いのですね(笑)。
プログラムにしたら、「一体どこが強勢の山なんだ、お前は一体どういう単語なんだ」といいたいのかも知れません。

そして、これが一番困ったことなのですが、例えばNHKのラジオ英会話の初級編なんかをきくと、日本人に聞こえやすくゆっくり喋ろうとするあまり、このアクセントが非常に平坦になってしまっているのです。
つまり、たとえNativeであっても、ゆっくり、日本人に分かるようにゆっくり喋ろうとすると、英語の強制やリズムが失われ、アクセントを音の高低に頼る形になってしまうのです。
これは、私にとっても驚き、というか、衝撃でした。同時に、どうして学生時代にこれらの英語を好きになれなかったのか、ようやく納得がいきました。
実は先日、久々に日本に戻り、ラジオ英会話をきいて、びっくりしたのです。
こんなへんな英語、アメリカじゃ聞いた事無いよ、と。
アメリカで同居している友人が先に言い出した事ですが、まったくその通りだと思いました。
昔大嫌いだった、やたらにアクセントを高低で強調した(そしてその結果、文のリズムが目立たなくなってしまい非常に聞き取りにくい)英語だったからです。

面白いことに、彼等がフツウの速度で会話するとき(たまに、司会者が簡単な質問をして、Native speakerがそれに答える、という短い会話があったりしますよね)は、きちんとリズムも強勢も生かされているのです。後で書きますが、これらの強勢をつけるのには、日本語の強勢をつけるのよりよほど息を使います。それをあんなゆっくりの速度でやったら、当然息が足りない。だから、平坦にならざるを得ない。息が足りない分は、高低で補わざるを得ない……。
アタリマエの事なのですが、それが日本人の、しかも中高生に与える影響の大きさを分かっていない、と私は思います。
まあ、NHKだけでなく、中高生の頃に聞かされた授業のヒアリング教材もみんなそんな感じだったのですが。

こちらで、Nativeの人が早口になってしまったときに、「もう少しゆっくり喋ってくれ」と頼むと、勿論、単語の速度自体も遅くなりますが、それよりも、文の区切りが増えます。
日本人が、ゆっくり喋るときに、「、」(読点)を増やすのと同じで、単語をゆっくり喋ってもらうことより、その方がはるかに有効なのです。英語を理解する、という意味では。
また、こちらの英語を母国語としない子供向けの英語のTVプログラムで、"between the lions"という非常にすぐれた番組があるのですが(日本ではライオンたちとイングリッシュというタイトルでNHKでやっていたようです)、新しい単語が出て来たときは、まず、シラブルごとに区切って、子音、母音がわかるように、ゆっくり発音します。が、その後にはかならず、Nativeのスピードと同じ早さになるまで発音して聞かせるのです。その時には、勿論正しい位置に正しい強勢をつけて発音します。

そう思うと、「初心者のために」 英語を遅く喋って聞かせる、というのは、本当に良いのだろうか、と疑問に思うのです……。
なんだか、百害あって一利なし、の気がしてきたな(笑)。
だって、わからないのは、単語がくっついて頭の理解がおいつかないからだし、早く喋れないのは、続けて単語を連発することができないからで、先に述べたアクセント、その前後で息を抜く、ということを覚えたら、一単語を喋るのはNativeと同じスピードで出来るわけですから。

話が少し逸れましたので、ブレス・コントロールの話に戻ります。

この使うべきところで息を使い、セーブするところでは息をセーブする、というのができてくると、英語が途端にリズミカルになります。
同じことが、英文にも適用できるからです。

たとえば、
”I know you are hungry!"
という一文で、"I"に強勢をおけば「私は」あなたが空腹だと知っている、と強調することになるし、"know"に強勢を置けば、おなかがすいているのは「知ってるよ」と強調することになる。
この手の強調はいくらでも応用が効くのですが、大事なのは、実はアクセントを付けることではなくて、強調単語以外を「抜く」ことなのです。
後者の場合、”I"を軽く言わないと、"know"に十分息が使えません。息の量は限られているから、そういうコントロールが必要なのです。
こういう計算は、音楽をやっていると(つまり演奏していると)、必然的に訓練させられます。日本で、音楽をやったことのある人の数は決してすくなくないはず。

だったら、この音楽(の演奏)と英語(のリズム)のアナロジーを考えれば、もっとリズミカルな英語が喋れるんじゃない??

そう思うのです。

こういうブレスコントロールというのは、ある程度慣れですから、逆に音楽をやってる身としてはちょっとウラヤマシイ面もあります。
また話が少し逸れますが、うちは母が子供にピアノを教えていたのですが、面白い傾向があるのですね。
ピアノを習いに来る子供達は、本当に始めたばかりの子供達ばかりです。
それで、何も教えなくても、英語圏の子供達は、平均的に見ると、何故か最初から結構音楽的に弾いて来るのです……

勿論、ご両親が音楽好きで、毎日クラシックのいい演奏がかかってるのかも知れないし、日本人でもたまに最初からセンスの良い子はいるし、個別の例をあげたらきりがないのですが、あくまでも全体的な傾向、としての話ですヨ。

そういう個々の違いをおいておいて、全体的な傾向を見ると、欧米諸国の言語を話せる子供達は、少なくとも、あるフレーズのどこが頂上で、それを際立たせるのにはどうしたら良いか、ということを考えなくても出来てしまう、というふうに見えるのです。
つまり、その勘が体に染み込んでいる。
日本人の子供も、たまに、最初からその勘がある子はいますが、多くは、ピアノを学んでいくうちに少しずつ身に付けていきます。何もいわなくてもそうなってゆく子もいれば、教師が「ここで力をぬいて、この次はもっと大きく」と言ってやらないと出来ない子もいる。

ピアノというのは、呼吸を使う楽器ではないので、その勘がないと、どこまでも平坦に演奏できてしまうのですね。
だから、子供に楽器を教える、ピアノをやらせるなら、すくなくともソルフェージュなりなんなり、何でもいいから歌の練習も一緒にやらせるといい、と私は勝手に思っています。

ともあれ、こういったセンスは、訓練で身に付くものです。日本人だから、できないということはありません(笑)
一度、英語を喋る、ということを、歌を歌うように、ブレスコントロールの必要な作業だと頭を切り替えてやってみる、それだけで、非常に喋りにくかった一文が驚くほどスムーズに喋れたりします。
プレゼンで、喋りにくい一文があったら、是非このブレスコントロールを考えてみることをお勧めします。
(逆に、このリズムが壊れるような英文は、原稿にかかないことですね(^^;) 緊張した舞台で、そんな不自然なものが、スムーズに出て来るはずがありませんから。)

長くなってしまったので、子音についてはまた別のエントリーで。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 3 子音に進む
(理系のための)分かって貰える英語を喋るための一考察 1に戻る
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by lily_lila | 2008-02-11 02:40 | 渡米生活...英語 | Comments(2)
(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 1

考えてみたら、渡米生活ブログなのに、肝心の英語のページがなかった(笑)
というわけで、今日はこちらへきて学んだこと、考えたことを紹介していきたいと思います。


2/11 追記
ちょっと、全体を見渡してみて、かなり理屈っぽくなってしまったので、敢えて「理系のための」をタイトル先頭につけてみました(^^;)。
わざわざ理系、といったのは、私自身が物理をやっていて、同僚や後輩を見た時に、英語のプレゼンでものすごく苦労している人達を結構見たからです。
出来る人はそこそこ訓練して出来てしまうのだけれど、中には、英語を喋る、ということがもの凄く苦痛である人がいるようなのですね。
そういう人の原稿を見ると、英文は決して悪くない、というか、こんな難しい英語私だったら使わないヨ!(咄嗟にでてこないから)という英語を並べて、結局口が回らずに本番で焦ってしまい、なにがなんだかわからないまま、全て「This is...」文で終わってしまった、というパターンが多いのです。

なんでこんなにきちんとした英語が書ける人が、(原稿もあるのに)うまく喋れないんだろう?
それが、私の疑問の第一でした。
そういうわけで、以下の一連のエントリーでは、じっくりおちついて、英文を書くところまでは、日常会話程度ならできる、という人が、何故うまく喋れないのか、を自分の体験を思い返しながら考察したいと思います。
さらに言えば、「シャイだから何を話していいのかわからない」という問題に関してもスルーさせていただきます(笑)
話す事がないのは、英語の問題ではなくて、本人の問題です。「日本語なら喋れる」と思うなら、それをまず英文で書いてみる訓練が必要で、この部分に何もショートカットできる早道はありません(笑)。

それよりも切実なのは、国際会議がある、英語でスピーチしなくてはならない、原稿も用意したけど、言葉がひっかかって上手く話せない、あるいは一生懸命プレゼンしても理解してもらえない……そういう問題です。で、そこの部分は、多少のショートカット、というか、発想の転換で少し簡単になるかもしれない、と思うのです。
(そういうわけで、別に本当に理系でなくても全く問題ないです。ただし、少々理屈っぽい文章におつきあい頂ければ、の話ですが。。。)

追記 終


***

日本では、どうしたら英語がわかる、話せるようになるか、ということに関しては、山ほど書籍も教材もサイトもあります。ちょっと国を離れてみると、もうヒステリックに見えるほどです……それだけ切実で、やっぱり難しいのだろうと思う。

英語が理解できる、つまり聞こえるということに興味がある人も多いでしょうが(例えば映画を字幕なしで見たいとか)、殆どはやはり、英語を使ってコミュニケーションできるようになりたい、つまり話したい、ということでしょう。会話がしたければ、当然ですが、一人で学ぶのは無理です。独学で学ばれた、という方は、学んだ知識を使って、積極的に話す機会をさがしておられる筈です。会話はどんどん流れていって、その場その場での素早い判断が必要になりますから、そのスピード感を実践の会話以外で身につけるのは不可能です。これについては、また日を改めて書きますが……

とにかく、日本人にとって、難しいのは、「喋ること」だと思います。まあ、聞く方も簡単ではないですけれど、ヒアリングなら日常の簡単な会話くらいまでは出来るが、いざとなると喋れない、という人も結構います。反対に、聞こえないけど口は回る、という人(日本人)には、今迄お目にかかったことがありません。

ところが、その「難しさ」が、以前からどうも腑におちなかったのですね。
そりゃ、日本の英語教育に問題はありますが、それでも決してゼロではないし、ちゃんと高校英語ぐらいまでマスターしていれば(マスターしていれば、ですよ)、こちらのESL(English school as a Second Language の略、外国語として英語を学ぶ人のための学校は、こちらではESLと呼ばれます)の中の上クラスには十分入れるわけです。少なくともペーパーテストでは。
なのに、何故日本人は初級クラスにつっこまれてしまうのか?(笑)

(余談ですが、私も高校2年のときにサマースクールでイギリスに行き、みごと初級クラスにつっこまれました(笑)。まわりの他の国から来た子は、みんな10歳以下でしたよ……)

こんなに教材やらHowToがあふれているのは、ただできないから、ではなくて、できるはずなのにできないから、というところが問題だからだと思うのです。
大体、私の分野(というか理系はみんなそうでしょうが)は大なり小なり論文読まされるのに、基礎的な英語の力がないはずがないんですよ……それでも、「喋れる人」と「喋れない人」がきっぱり分かれてしまう。どこからその差がくるのか、当人達もわかってなくて、結局「苦手意識」のせいになってしまう。

で、その理由がずっとわからなかったのですが、最近、ようやく少しわかりかけてきました。
日本人だって、喋れるのです。極端な話、会議のプレゼンなら丸暗記してでも必死に喋るわけですから。でも、問題は、それをわかってもらえない(涙)。

会議じゃなくたって、フツウの会話でも同じことです。相手の喋っている事が聞こえないのも辛いけれども、必死に考えてひねり出した一文がまったく通じなくて、「は?」って顔されるのは、100倍ツライですよ……冷や汗かきます。相手は必死で理解してくれようとして、他の人との会話も止めて待ってくれる。早く伝えなきゃ、と焦る。その場の他のひとは、私と相手の会話が済むまで、だまって待ってくれている。折角楽しい雰囲気だったのに、中断させて申し訳ない……

べつに、日本人がシャイじゃなくたって、そう思うにきまってます。なんでも「日本人はシャイだから」ですませてしまう人もいるけど、他の国の人だって、その場の雰囲気にはとても敏感なのです。バカにしちゃいけない。(苦笑)

じゃあ、どうして日本人はその悪循環の輪にはまってしまうのか。
  1. 文法が滅茶苦茶。

  2. 発音が悪い

  3. 正しい英語を話そうとして考えすぎ、会話の波に乗れない

大体、思いつくところはこんなところだと思います。私もそう思ってました。
でも、ようやく、これらは間違いでもないけど、一番大切なことでもない、というのが分かってきました……。

まず1番。

文法は、多分書かせれば、日本人は結構正答率高いと思います。動詞の過去形、現在形なんて、少々間違ってたって意味は通じますから、そのへんは気にしないとする。問題は、五文型がちゃんと守れているかですが、原則主語のあとに動詞がくる、というのは中学英語のレベルですから、エンピツ持って書けばそんなには間違わないし、それ以外は少々崩れたって意味は通じます。

問題は、それが瞬時に出来るかどうかです。つまり、頭の中で言いたい事が浮かんだときに、まず条件反射で主語と動詞をくっつけて並べる、というのが出来るかどうか。
これに5秒かかるようだと、なかなかスムーズなリズムでの会話は厳しいと思います。勿論、主語と動詞を英単語に置き換える時間も含めて、です。
(私の場合、頭の中で言いたい事が浮かんだその瞬間にその二つが浮かぶようになったとき、しどろもどろながら会話に加われるようになりました。つまり、その二つを言ってしまってから、あと何を付け加えればいいか考えればよいので(笑))

しかし、それでも、たとえ5秒かかっても、下手すれば10秒かかっても、相手が一人ならちゃんと待ってくれます。つまり、複数人数の会話は厳しいかもしれないけど、文法がネックで、1対1の会話が出来ないとは到底思えないのです。よく単語を並べるだけだって意思疎通はできる、といいますが、その通りで、実際日本人よりもよほどブロークンな文法を使っている人達の英語でも、所謂コテコテのジャパニーズイングリッシュよりは分かりやすい、と言われてしまう。つまり、文法のまずさは、日本人の英語が理解してもらえない原因の主たるものではない。

つぎに2番。

発音が悪い。それはその通りなんですが……。
ここで、発音とは、どの発音のことを言っているのか、が問題だと思うのです。
母音、子音、以上! だったら、 半分どころか1/4しか正解ではない、と、私は思います。
こちらの経験で得た私の感触では、日本人が発音で気をつけなくてはならない順番は次の通りです。

  1. 息の使い方

  2. アクセントの位置

  3. 子音の正確さ

  4. 母音の正確さ


母音は一番下、なのですよ! (笑)
つまり、わかってもらえないのは、発音が悪いからでも、文法がヒドイからでもなくて、アクセントと息の使い方が全くなってないからだ、というのが私の現在のところの印象です。
これは、私の実体験から得た教訓です。
そして、Nativeに分かって貰えるアクセントと息の使い方(これらは多分同時にくくるべきかと思いますが。つまり、アクセントは息を沢山つかうことによって付けるので)を習得するには、それ専用の腹筋が必要なのです。

非常に分かりやすい例について、 サポートセンターへの電話のかけ方でも少し触れたのですが、サポートラインでの自動音声認識プログラムがあります(苦笑)。 
United Airlineは、サポートセンターに電話すると自動音声に繋がって、メニューを選ぶのに、先方が指定した単語を発音させられるのですね。
これで、当初本当に苦労しました。
実は、私は、母音の正確さについては、少々自信があったのです。というのは、幼稚園時代に、近くにアメリカ人のお母さんが居て、英語を習っていたので、日本人が不得意とされる母音も殆ど正しく出せるのです。まあ、不勉強が祟って、全ての知っている英単語で正しい母音が使えているかと言われたらキッパリNoなのですが、少なくとも、相手から言われた言葉をリピートするのはほぼ正しく出来ます。

それなのに、自動音声プログラムは、私の英語を理解してくれなかったのです!!!

なんどやっても、"Sorry, I cannot understand you. Please say...."です。 わりゃ、機械のくせしてワシをなめとんのか!!! (涙)。

直前に言われた通り、たとえば、「Reservation」 とか、「Milleage summary」 とか、そういう単語を繰り返して喋るだけのことが、音声認識プログラムに認知出来るレベルで出来ない、と思い知らされたときには、流石にショックでした。あまり何度やってもダメなので、少々ムカつきながら、それでも一度だけ、これでもか、というほどアクセントを強調して喋ってみたのです。アクセントを強調するというのは、音の高さを上げるのではなくて(日本人はこれをやりがち)、息をアクセントの頂点にぶつける感じで沢山使う、ということです。

そうしたら、ちゃんと理解してくれたじゃないですか!

その時は、こんなオーバーな発音をしなくちゃ分からないなんて、自動認識プログラムもなってないな、と思いましたが、暫くこちらで暮らすうちに、それが全然オーバーでないことが分かってきました。
そのオーバーなアクセントを自由に使いこなせるようになって、暫くした頃、仕事のコラボレータの一人に「XXX(私の名前)の英語は、もの凄く聞きやすい、日本人の英語はいつもとても聞き取りにくいものだが」と褒めていただきました。発音は昔と変わっていないし、しょっちゅう間違えているのですけれどね、未だに(笑)。

彼は所謂英語のNative Speakerではありませんでしたが、そんなことはどうだっていいのです。
我々は、国際語としての英語を学ぼうとしているわけで、国際人に理解してもらえれば良い。Nativeにはもしかしたら少々聞き取りにくいかもしれない(つまりNativeからは聞き返される)英語でも、ドイツ人やイタリア人なら分かってくれる、ということは非常によくあります。
そういう意味では、日本語の教育は、あまりにも英語、米語に偏りすぎているとも感じます。英語しか接したことのないアメリカ人に分かって貰える英語を話そうと躍起になるより、もう少し、世界で話そう、くらいの気構えの方がいいのではないでしょうか。

ただ、問題は、その世界の人からも、「ジャパニーズ・イングリッシュ」は分かりにくい、と非常に高い頻度で言われてしまうことで、これはやはり、ただ馴れの問題、方言の問題では済まされない、と私は考えます。その大きな因子が、発音そのものではなく、日本語特有の息の使い方にあるのじゃないだろうか、そしてそれをそのまま英語に持ち込もうとするところに無理があるのじゃないか、というのが、現在のところの私の考えです。

長くなりそうなので、今日はこのへんにして、息の使い方、アクセントについては次のエントリーで紹介したいと思います。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 2 アクセント
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by lily_lila | 2008-02-10 09:04 | 渡米生活...英語 | Comments(2)