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渡米生活日々の備忘録。
by lily_lila
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(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 2 アクセント
さて、(理系の為の)分かって貰える英語を喋るための一考察 1で、日本語の息の使い方が、英語の息の使い方と違う、というところまで書いたので、今日は息の使い方とアクセントについて、私の考えをまとめてみます。

(お断りしておきますが、ここに書いたような事は、既に多くの英語HowTo本に書かれていることかも知れません。私自身、こういった本は殆ど読まないので、中には「この本のパクリか?!」という記述があるかも知れませんが、それは偶然そうなっただけ、ということでご容赦下さい。以下のことは、私が体験上そう感じた、という話であって、オリジナリティを主張するものではありません。)


前回、渾身の(笑)私の発音が音声認識プログラムに理解してもらえなかった、という話を書きましたが、その後、自分なりに、なにがまずかったのか、いろいろ分析してみました。
数え上げればきりがないのですが……


  1. アクセントの位置が正しくない

  2. アクセントの場所で息が十分使えていない

  3. 子音の発音がはっきりしない。息も使えていないし、空気が溜まる感じがちゃんと出せていない



まず1番ですが、白状すると、私は高校時代の模試でこのアクセント問題がほぼ全滅でした(苦笑)。

だって、なんだか、アクセントってカッコつけてる感じがしません?(笑)

当時、やたらアクセントを強調して英語を喋る日本人を見ると、「このアメリカ気触れが!」って猛烈に反感抱きました(笑)。
まあ、若かった、ってことですが。。
でも、一応言い訳もさせてもらうと、私には、どうきいてもそのわざとらしいアクセントが美しいとは思えなかったのです。
言語として、(何も言語学なんてわかっていないけど)、ものすごく不自然だと感じる。
そんな有様ですから、単語の正しいアクセントの位置なんて覚えているはずもなく………、、、
でも、自分でも、それはサボリの言い訳にすぎない、と分かっていました。

ところが、それから十余年経った今、Nativeの英語に馴れてきた耳で改めてその発音を聞くと、あの当時感じた違和感が正しかった、と思うのです。
何がまずかったか。
それは、アクセントを「音の高低」でとらえてしまう日本語の都合を、そのまま英語に持ち込んでいるからです。

アクセントは、あくまでも「強勢」であって、高低ではないのです。つまり、息を余分に使わなくてはならない。
息を余分に使った結果、音がずり上がることはあるかもしれないけれど、それはあくまでも二次的な効果なのです。
ところが、日本語は、強勢ではなく高低をつける文化です。関西弁と関東弁は、勿論単語自体が違うこともあるけれど、多くの場合、高低が違う。
つまり、音の高低に敏感な民族なんでしょうね。
人間の自然な習性として、高い音を出そうとしたら息を多く使う傾向がありますから、日本語にも強勢がまったくないわけではないですが、日本語の強勢はあくまで二次効果に過ぎません。

その日本語の感性で、英語のアクセントをきくと、おそらく、その音がずりあがっている部分を認知して、息が多く使われている部分は無視されてしまうのではないか。
無視がいいすぎなら、軽視されている、といってもよいかも知れませんが……。
だから、自分がアクセントをつけて英単語を発音するときに、息を多く使う、という観点が欠けてしまう。場合によると、音の高さを上げることをアクセントだと思っている場合もある。
そんなふうに思うのです。
そして、そういう英語は、やはり非常に聞きにくいのですね。

私が高校生だった当時、アクセントを、もっと息の使い方を指導する、という立場で教えられていたら、もう少しアクセント問題が得意だったかもしれない、と、ちょっと言い訳がましいことを考えたりもするのです。

じゃあ、日本の英語教育の何がまずいのか。


私は、英語の息の使い方をきちんと教えない、というその一点につきると思います。


それは勿論、英文を読む、書くだけの授業で身に付くはずがないですから、当然英会話の授業もある程度は必要でしょう。でも、この部分、つまりブレス・コントロールを教えないで、ただ会話の授業を、しかも日本人の学生同士の温すぎる環境でやって、はたしてどれだけ実践に使えるかといったら、私は殆ど使えない、と思うのです。

まあ、頭の中で英文をひねり出す訓練にはなるかもしれませんが、そんなものは、後で独学だって出来る。これもあとで書きますが、この部分は単に訓練、筋トレと同じレベルです。そんな事に貴重な授業を使うくらいなら、その時間で文法のひとつ、英単語の一つでも覚える方が、まだましです。それは、数年後、本当に英語を喋る必要が出て来た時に、強力な武器になりますから。

私がただの英会話授業(Nativeが半数以上を占める環境は除く。でも、普通の学校の授業でそれは有り得ないでしょう)にほとんど意味がない、と感じる理由は、1で述べたとおりです。
実践の会話は予期出来るものではないし、テンポが全然違う。その過酷な? 環境に晒されたとき、わかりやすく極度に速度を落とし、ジャパニーズ・イングリッシュの訛り吹き荒れる英会話授業での経験など、なんの役にも立たないからです。
そんなことより、たとえパーティの前に用意して暗記していった一文でも良いから、相手に分かってもらえる英語が話せる、という自信の方がよほど大事です。
そしてそのためには、上に書いたブレス・コントロールの指導が絶対必要で、そのためになら、授業時間を割く意味がある、と私は思うのです。
残念ながら、日本人は、日本語の特性上、これをほとんど必要としない文化で育ってますから、ただ、「真似しろ」といって出来るものではありません。

具体的に、どういうブレスコントロールが必要なのか、例えを展開しますが……

私は個人的に音楽が好きなので、例えもそちらに偏りますが、息の使い方を教えずに英語を喋らせようとするのは、ブレスコントロールを教えないで歌を歌え、といっているのと全く同じことです。
あるいは、トランペットやフルートなどの、息を使う楽器なら何でもよいのですが……。

ある音にアクセントがある、ということは、その直前は、そのアクセントのための準備が必要です。歌でも楽器でもそうですが、アクセント記号の直前を全力で演奏する奏者はいません。
そんなことをしたらアクセントがうまくつけられないのを、体験で知ってるからです。直前に抜くからこそ、アクセントが際立つというのも分かっている。
ところが、英語のアクセントでは、それをみんな平気でやるのですね(笑)。
まあ、ある意味真面目なのだと思うのですが、アクセントの直前の音節(シラブル)も、一生懸命きちんとしっかり発音しようとする。そうすると、ものすごくアクセントが付けにくくて、わざとらしくなるのです。
しかも、コントラストが際立っていないから、本人が意図したほどきちんとついていない(苦笑)。
私が中学、高校時代のヒアリング教材で感じた違和感は、まさにこれでした。

喋るということは、息を使う、ということです。したがって、アクセントの直前は、息をセーブする感じになり、アクセントの音節で思い切り息を使い、そのあとはまた収束する。
そんな波のあるものが、全ての音節で、同じ長さに収まるはずがありません。
当然、アクセントの直後の母音は、他の母音より長く発音するケースが多くなります。このときに、その長母音の長さに見合った勢いがアクセントに付加されていないと、ひどく平坦な印象になります。
そして、この平坦さが、例えば自動音声認識プログラムには致命的に悪いのですね(笑)。
プログラムにしたら、「一体どこが強勢の山なんだ、お前は一体どういう単語なんだ」といいたいのかも知れません。

そして、これが一番困ったことなのですが、例えばNHKのラジオ英会話の初級編なんかをきくと、日本人に聞こえやすくゆっくり喋ろうとするあまり、このアクセントが非常に平坦になってしまっているのです。
つまり、たとえNativeであっても、ゆっくり、日本人に分かるようにゆっくり喋ろうとすると、英語の強制やリズムが失われ、アクセントを音の高低に頼る形になってしまうのです。
これは、私にとっても驚き、というか、衝撃でした。同時に、どうして学生時代にこれらの英語を好きになれなかったのか、ようやく納得がいきました。
実は先日、久々に日本に戻り、ラジオ英会話をきいて、びっくりしたのです。
こんなへんな英語、アメリカじゃ聞いた事無いよ、と。
アメリカで同居している友人が先に言い出した事ですが、まったくその通りだと思いました。
昔大嫌いだった、やたらにアクセントを高低で強調した(そしてその結果、文のリズムが目立たなくなってしまい非常に聞き取りにくい)英語だったからです。

面白いことに、彼等がフツウの速度で会話するとき(たまに、司会者が簡単な質問をして、Native speakerがそれに答える、という短い会話があったりしますよね)は、きちんとリズムも強勢も生かされているのです。後で書きますが、これらの強勢をつけるのには、日本語の強勢をつけるのよりよほど息を使います。それをあんなゆっくりの速度でやったら、当然息が足りない。だから、平坦にならざるを得ない。息が足りない分は、高低で補わざるを得ない……。
アタリマエの事なのですが、それが日本人の、しかも中高生に与える影響の大きさを分かっていない、と私は思います。
まあ、NHKだけでなく、中高生の頃に聞かされた授業のヒアリング教材もみんなそんな感じだったのですが。

こちらで、Nativeの人が早口になってしまったときに、「もう少しゆっくり喋ってくれ」と頼むと、勿論、単語の速度自体も遅くなりますが、それよりも、文の区切りが増えます。
日本人が、ゆっくり喋るときに、「、」(読点)を増やすのと同じで、単語をゆっくり喋ってもらうことより、その方がはるかに有効なのです。英語を理解する、という意味では。
また、こちらの英語を母国語としない子供向けの英語のTVプログラムで、"between the lions"という非常にすぐれた番組があるのですが(日本ではライオンたちとイングリッシュというタイトルでNHKでやっていたようです)、新しい単語が出て来たときは、まず、シラブルごとに区切って、子音、母音がわかるように、ゆっくり発音します。が、その後にはかならず、Nativeのスピードと同じ早さになるまで発音して聞かせるのです。その時には、勿論正しい位置に正しい強勢をつけて発音します。

そう思うと、「初心者のために」 英語を遅く喋って聞かせる、というのは、本当に良いのだろうか、と疑問に思うのです……。
なんだか、百害あって一利なし、の気がしてきたな(笑)。
だって、わからないのは、単語がくっついて頭の理解がおいつかないからだし、早く喋れないのは、続けて単語を連発することができないからで、先に述べたアクセント、その前後で息を抜く、ということを覚えたら、一単語を喋るのはNativeと同じスピードで出来るわけですから。

話が少し逸れましたので、ブレス・コントロールの話に戻ります。

この使うべきところで息を使い、セーブするところでは息をセーブする、というのができてくると、英語が途端にリズミカルになります。
同じことが、英文にも適用できるからです。

たとえば、
”I know you are hungry!"
という一文で、"I"に強勢をおけば「私は」あなたが空腹だと知っている、と強調することになるし、"know"に強勢を置けば、おなかがすいているのは「知ってるよ」と強調することになる。
この手の強調はいくらでも応用が効くのですが、大事なのは、実はアクセントを付けることではなくて、強調単語以外を「抜く」ことなのです。
後者の場合、”I"を軽く言わないと、"know"に十分息が使えません。息の量は限られているから、そういうコントロールが必要なのです。
こういう計算は、音楽をやっていると(つまり演奏していると)、必然的に訓練させられます。日本で、音楽をやったことのある人の数は決してすくなくないはず。

だったら、この音楽(の演奏)と英語(のリズム)のアナロジーを考えれば、もっとリズミカルな英語が喋れるんじゃない??

そう思うのです。

こういうブレスコントロールというのは、ある程度慣れですから、逆に音楽をやってる身としてはちょっとウラヤマシイ面もあります。
また話が少し逸れますが、うちは母が子供にピアノを教えていたのですが、面白い傾向があるのですね。
ピアノを習いに来る子供達は、本当に始めたばかりの子供達ばかりです。
それで、何も教えなくても、英語圏の子供達は、平均的に見ると、何故か最初から結構音楽的に弾いて来るのです……

勿論、ご両親が音楽好きで、毎日クラシックのいい演奏がかかってるのかも知れないし、日本人でもたまに最初からセンスの良い子はいるし、個別の例をあげたらきりがないのですが、あくまでも全体的な傾向、としての話ですヨ。

そういう個々の違いをおいておいて、全体的な傾向を見ると、欧米諸国の言語を話せる子供達は、少なくとも、あるフレーズのどこが頂上で、それを際立たせるのにはどうしたら良いか、ということを考えなくても出来てしまう、というふうに見えるのです。
つまり、その勘が体に染み込んでいる。
日本人の子供も、たまに、最初からその勘がある子はいますが、多くは、ピアノを学んでいくうちに少しずつ身に付けていきます。何もいわなくてもそうなってゆく子もいれば、教師が「ここで力をぬいて、この次はもっと大きく」と言ってやらないと出来ない子もいる。

ピアノというのは、呼吸を使う楽器ではないので、その勘がないと、どこまでも平坦に演奏できてしまうのですね。
だから、子供に楽器を教える、ピアノをやらせるなら、すくなくともソルフェージュなりなんなり、何でもいいから歌の練習も一緒にやらせるといい、と私は勝手に思っています。

ともあれ、こういったセンスは、訓練で身に付くものです。日本人だから、できないということはありません(笑)
一度、英語を喋る、ということを、歌を歌うように、ブレスコントロールの必要な作業だと頭を切り替えてやってみる、それだけで、非常に喋りにくかった一文が驚くほどスムーズに喋れたりします。
プレゼンで、喋りにくい一文があったら、是非このブレスコントロールを考えてみることをお勧めします。
(逆に、このリズムが壊れるような英文は、原稿にかかないことですね(^^;) 緊張した舞台で、そんな不自然なものが、スムーズに出て来るはずがありませんから。)

長くなってしまったので、子音についてはまた別のエントリーで。


(理系のための)分かってもらえる英語を喋るための一考察 3 子音に進む
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by lily_lila | 2008-02-11 02:40 | 渡米生活...英語 | Comments(2)
Commented by 岩井ゆき子 at 2008-03-16 10:33 x
ピアノを弾き語りするシンガーです、英語の歌、どう歌うか?を書き続けて今日で1000回になります。他のひとのサイトを見たことがなかったのですが、今日は私と同じことを提案している人がいて、うれしくて、コメントしました。英語の歌、ジャズは、リズムと息、これをつかめばできます。ところが日本人にはこの両方ともにがて、まずはじめにリズムも息もトレーニングしたことがない、ということです、リズムはいいトレーナーについてトレーニングすれば必ず、よくなる。本当にうたが驚くほど変わります、英語もリズムがとてもたいせつです。息に関して言えば歌は声を出すことを教えますが、息の大切さを教えることが少ないです。息をどこからどうだすか、英語も歌も息で、つなげていきます。息が止まると英語もきれてしまいます。歌ではボイストレーニングといいますが、同じことが英語にも言えます。
リズムと息 をいいトレーナーについて練習すると、うたがよくなります、英語のスピーキングも<リズムと息>がキーワードですね。
ウェブサイトの 英語の歌ABCを一度みてください。
Commented by lily_lila at 2008-03-29 10:24
岩井さま、
コメント有り難うございます!レスが遅くなり申し訳ございません。
ウェブサイト拝見させて頂きました(^^)「うん、うん、そう!」と思わず頷いてしまう事が沢山あり、楽しかったです。また拝見させて頂きますね!
(とくに、カウントするだけでリズム感がよくなる、というお話で、昔子供の頃にやったリトミックを思い出しました……確かに、数えて手を叩くくらいで大した事はやっていなかったと思うのですが、若干改善されたような?? 拍の頭は意外に早い、というのも納得です!<ヴィオラ弾きの宿命?で、いつも遅れるのです)

息の大切さは、確かに、あまり教えられていないのかもしれませんね。
とあるフルーティストのお父上は、コンクールの本番前に「ブレスをするのを忘れるな」とだけ仰ったそうです。最後まで一番大事なのは、息なのだな、と思います。

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