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渡米生活日々の備忘録。
by lily_lila
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「the Gerden of Ethel」
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漫画、アニメのトレパク問題について
この秋、とあるアニメが面白くてずっと見ていたのですが、ネットに上がっている写真や動画のトレース疑惑(トレパク疑惑)がでている、という記事を見かけました。
ひととおり目を通してみましたが、音楽の著作権の場合との類似を考えた際に、いろいろ誤解したまま怒ったり悲しんだりしている方が多いように思いましたので、このノートをまとめてみました。

私自身も色々誤解していると思いますので、どなたか、本当に著作権に詳しい専門家の方が、きちんと説明してくださることを期待しています。


1)著作権とは何に適応されるか

ツィッターを見ていると、映像の著作権とか、写真の著作権とかいう語句がたくさん出てきます。しかし、映像や写真のどの部分が「著作権」を認められるのか、という点については、あまり議論に上がってこない模様です。このため、少しでもトレースするとすぐにアウト、と誤解されているのではないか、と見受けられる発言も多くあります。

しかし、実際には著作権というのはかなり複雑で、まずおおむね以下のカテゴリーのどれかにあてはまっている必要があり、そしてさらに、それぞれのカテゴリーによって認められる著作者の権利が異なる(もちろん共通する部分もある)、という特徴があります。
以下、著作権法からの抜粋です。

(著作物の例示)
第十条  
この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
  • 一  小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
  • 二  音楽の著作物
  • 三  舞踊又は無言劇の著作物
  • 四  絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
  • 五  建築の著作物
  • 六  地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
  • 七  映画の著作物
  • 八  写真の著作物
  • 九  プログラムの著作物

漫画の場合は、ストーリー、ネームの部分は一に該当し、絵としてのデザインは四に該当。動画は七(ただし動画の脚本は一)、写真は八、ということになると思います。

さらに、動画の場合、放送事業者の権利があります。これは、著作隣接権と呼ばれ、著作権とは別の権利になり、もちろん認められる権利も異なります。

このうち、ストーリー、ネームの一で何が保護されるのかは、比較的世間一般に伝わっている著作権のイメージとほぼ同じだと思います。ストーリーがあまりにも似すぎている、登場人物の名前や設定などの大半がかぶっている、などは著作権違反になり、オリジナルの作家が勝訴する例もたまにみかけます。

しかし、一方で、「これ○○に似てるよね」と思う作品でも、オリジナルの作者との間で問題になっていないケースは、その何十倍もあります。これは、オリジナル(とされた)作者が容認してることも考えられますし、「その程度の類似では著作権違反とは言えない、あるいは訴えても勝訴の見込みは少ない」というケースだと思います。

それで、このようなストーリー、ネームなどに対して著作権が保護する範囲を、そのままほかの媒体にも適用できる、と誤解されている方が大変多いように思うのです。

実際には、これは、そんなに簡単な問題ではなくて、かなりケースバイケースの要素が強いと思います。
一般に動画、写真、絵や図などについて、著作者以外の人間に対して制限されるものの代表は「複製」の権利ですが、「複製」といったら、通常は機械的なコピーとそれに準ずる複製手段です(模写についてはあとで)。
写真や絵、図などのデータをコピー機やスキャナなどで電子的に取り込んで、多少フォトショップなどで効果をつけて使う、などは、もちろん著作者の許可をもらわないとダメです。

しかし、手書きのトレースは、トレース台を使うか否かにかかわらず、非常に判断が難しい部類に入ると思います。

たとえば、有名画家の絵の模写は、著作権が存在していてかつ著作者に訴えられたら、完全にアウトの例に入るでしょう。模写というのは、ホンモノそっくりに書くこと、だからです。
しかし、もとの絵が誰のどういうタイトルの絵であるかということと、これが模写である、ということを明記していれば、何も言わない、という画家もいるかもしれません。
大切なのは、これはオリジナルの出典を書いたから許されている話なのではなく、オリジナルの画家が訴えない(容認している)からOK、という話だということです。

著作権法には「著作権の制限」の項目で「引用」についての記載はありますが、出典を書いたから著作権の制限ができる、と書かれている部分は存在しません。「引用」については、オリジナルの形を変えずに提示せねばならず、さらに「その引用は、公正な慣行に合致するもの」と書かれています。その「公正な慣行」の一形態が出典の記載です(論文で図や写真などを使用する場合など。一般には著作者の表示が必要)。
だから、オリジナルを提示していない時点で、出典を記載した事実を「引用」として扱うのは不可能ですし、「ここまで真似るんだったら出典を書かなければならない」などの意見に対しては、出典を書いても著作権法上の扱いは何も変わらない、ということになるかと思います。
もちろん、原作者へのリスペクトで書くべきだ、という意見はごもっともですが。
引用と出典を混同していると思われる記述をいくつか見かけましたので、このような例を提示してみました。
なお、引用のルールに関しては、以下のブログに大変詳しい記載がありました。


2)複製、翻訳、同一性保持権について

では、写真や他人の絵をトレスして、顔は変える、服は変える、の場合どうなるか。
これが、多分一番ネット上で「トレパク」などの言葉で非難されているケースだと思いますが、これらは、顔を変えた、服を変えた、という時点で、もはや「複製」したとは言えなくなります。
(著作権法における「複製」の定義は、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」です。「その他の方法」にトレスが入るかどうかは、文脈からして、その他の例と同等レベルの再現度であると認められる場合のみであると私は考えていますが、裁判でどう解釈されるかはケースバイケースだと思います。たとえば、顔以外の部分の線が完全に一致してしまうような場合では、一部をのぞいて複製された、ということで、コラージュのような扱いで複製であると認められるかも?)

さらに、筋肉のつき方が変わっている、性別が違って体のラインが異なる、とまでくると、これをコピーや写真と同等のレベルの「複製」である、とみなす判例は多分世界中を探してもないのではないかと思います。
詳しい方、もしそのような判例がありましたら教えていただけると嬉しいです。

音楽の著作権でJASRACや著作権に詳しい人といろいろ議論しているうちに、ひとつ大きな思い違いをしていたことに気づきました。
それは、著作権法の条項は、それぞれがなにかのケースを想定して設定されていることが多いということです。
そして、実際にそれらの条項を適用する際には、あまりその想定から外れたケースに対して無理にあてはめようとするのではなく、基本「当事者同士で話し合って解決してください」という立場だ、ということです。

たとえば、複製の権利の制限であれば、オリジナルと同等の価値をもつものを第三者が生産することによって、著作者の経済的損失が生まれるのを防ぐ、といった感じです。楽譜をコピーすれば、本来ならその楽譜を買ってくれたはずの人がお金を払ってくれなくなる。だからダメ、ということですね。

もともとそういう目的で設定された条項なので、「複製」と呼ぶに足る再現度であれば、簡単に「経済的損失を生じさせかねない」ということで違反が認められます。
この場合には、「複製である」と認められた時点で、それ以上司法の判断は必要ないでしょうが、実際にどこで手をうつかは当事者同士の相談になります。

一方、オリジナルからの「複製」とまでは言えないような場合に問題になり得るものに、翻訳権・翻案権があります。著作権法によれば、「翻訳権・翻案権等」は以下のように定義されています。

第二十七条  著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

そして、一般的に考えて、この条項が想定している問題は、オリジナルの表現を第三者が変更して拡散することによって、原作者が経済的不利益を被ったり、原作者の表現したかった意図が大きく捻じ曲げられたりする場合だと考えられます。

それゆえ、この条項を適用するには、まずオリジナルがなんだったのかがわかるようなレベルの改変であることが絶対条件です。
さらに言えば、翻訳・翻案されたものが原作が何であるかを明記していない場合には、オリジナルが明確な原作者の意図(オリジナリティ、とも言える)を持ち、他の誰かの作品との区別が可能であることも条件になります。
そうでなければ、どの原作者の、どのような意図が捻じ曲げられた(あるいは無断使用された)のかが証明できないからです。

つまり、写真データをそのまま使ってしまう「複製」がオリジナリティの有無に関係なく規制されるのに対し、翻訳権・翻案権を適用する場合は、その性質上、条件付きでしか適用できない、ということになるわけです。

具体的には、「一般によくある表現を使って描きました」と言われてそれを論破できないようなケースであれば、たとえ実際にはトレース+改変が行われていたとしても、裁判で原作者が権利を主張するのは難しいのではないかと思います。
おそらく、このようなケースでは、裁判にもちこまずに示談で和解、となるケースが多いのではないでしょうか。
示談で制作側が原作者に謝罪した後に裁判で「これは著作権侵害にあたらない」と判決が出るケースもあるようです。元ソースに当たっていませんので詳しくは知りませんが、音楽の場合との類似を考えたら、そういうケースは結構多いのではないかと推察します。

最後に、もうひとつ改変について適用が可能なのは同一性保持権ですが、これは、オリジナルの形を第三者が勝手に損なうことで、オリジナルのイメージを傷つけることがないようにするための条項です。
ですので、具体的に想定される問題は、たとえば歌の歌詞の一部を勝手に変えられて自分の歌についての誤解が広まっているので、公表を差しとめたい、というような場合だと思います。

同一性保持権はそもそも著作者人格権という、著作者にしか保持できない権利の一部で、著作権とは異なります。
(著作権は譲渡や委託が可能ですが、著作者人格権はそれができません)
著作者人格権は著作者の尊厳を守るためのものであり、著作権では勘案される経済的に損失が生まれるか否か、という観点にはまったく関係なく保護されます。
しかし、それゆえに、その改変によってオリジナルのイメージが損なわれた、というようなケース以外には、なかなか適応が難しいのではないか、と思います。


以上から、トレパクだと騒がれている事案を考えてみると、、、

デザイナーの服のデザインや背景のインテリアデザインなどは、人の体のポーズに比べると比較的オリジナリティを証明しやすいので、問題になりやすい一面があると思います。
人の体のポーズでも、一瞬ではなく連続した振り付けなどはオリジナリティを証明しやすくなるかもしれません。
ただ、音楽でも、数小節ならまるまる既存の曲とメロディがかぶっても盗作にはならないとされていますし、数秒ずつ細切れでコピーされて全体に散りばめられた場合には音楽の場合ほぼ盗作認定は不可能なので(それでアウトならほとんどの楽曲がアウトになってしまう)、振り付けの場合にも同様の制限がかかる可能性はあるかと思います。
もちろん、最終的な作品としての写真や動画の中に、写真家や動画を撮影したカメラマンの創意工夫が加えられていれば、その部分でも写真家・カメラマンの権利を主張することは可能と思います。

しかし、いずれにしても、これで盗用されたと感じた側が訴えを起こして勝訴するのは、実際には結構難しいのではないかと思います。
服のデザインは完全にコピーしている、と認められれば勝てるかもしれませんが、多少変更を加えていたり、別のアイテムが追加されていたりすると、司法の判断によっては難しいかもしれません。
インテリアデザインはアイテムが多いので、単純に組み合わせの多彩さから偶然の一致というには難しく、オリジナリティを証明しすいかもしれませんが。
漫画から漫画への模倣の場合は、何もかも同じで顔だけ変えているような場合にはもちろん原作者の主張が通るでしょうが、そうでない場合には、オリジナルと目される漫画の方に、ストーリー運びやコマ割り、表現方法などの部分でその作家独自の表現があり、その表現も含めて模倣されているかが問題になると思います。

以上のような理由から、このようなケースを法律で一律に縛ることはおそらく難しく、それゆえ、このような問題がおきたときには、示談で解決、ということにならざるを得ないのだと思います。

著作権といえば、違法コピー問題がやはり一番注目されるため、コピーした時点で著作権違反、やった時点で犯罪者、みたいな扱いで巷でも言われていますし、私もそう思っていました。
しかし、実際には、著作権には「コピー」のような「行為」そのもので違反か否かを判断することができる部分もありますが、当事者同士が話し合って落としどころを決めるしかないような案件がたくさんあります。
著作権違反かもしれない、という案件がみつかったからといって、すぐに犯罪扱いするのは危険です。

私が関わったのは音楽の著作権だけですが、いろいろ知るにつれ、当事者同士が合意に至ることが著作権法の一番の目的であって、やみくもに条項をあてはめて誰かを犯罪者にするための法律ではないのだ、ということが、わかりました。

著作権法は万全ではありません。著作権法に明示されていないようなケースについては、訴える側と訴えられた側が話し合いで解決する、どうしても合意できなければ裁判、ということになります。
もともと、著作権というのは知的財産権のうちの一つですから、当事者同士が納得すればそれで終わり、という性質のものです。


3)放送事業者の権利について

放送事業者の権利についてですが、動画の場合、放送事業者の権利として著作隣接権が生まれます。
しかし、これはあくまで、オリジナルの動画の放送に対してしか適用されません。ですので、放送した動画を(そのまま素材として使用するのではなく)真似て撮影した動画を公表した場合、放送事業者の権利はまったく侵害されません。
ですので、トレースに関していえば、放送事業者になにかしらの許可をとる必要はないと思います。



4)著作権について発言できるのは誰か

以上をふまえて、私がこの「トレパク」問題について、一番疑問に思うことは、「なぜ著作権を有していない第三者が、当事者同士の問題についてとやかく言うのか?」ということです。
さらに、著作権を有していない人が、「謝罪しろ」と声を上げるのに至っては、おそらく著作権が財産権であることをご存知ないのだろう、と思います。

私自身、昔は著作権が財産権であることを知らず、そもそも財産権がどういうものか知りませんでしたので、えらそうなことは言えませんが。
しかし、そのことを知っているはずの企業が、企業イメージを優先した結果、トレパク騒動で炎上するたびに簡単に謝罪してしまうことに、強く疑問を感じます。

著作権違反を犯した場合、権利者には謝罪すべきでしょうが、それ以外の人に謝罪する必要はありません。著作権は完全に当事者同士、二者間の問題だからです。
トレパク騒動で騒がれて売り上げが落ち、関連企業に迷惑をかけた、というのなら、本当に謝罪すべきなのは、口をはさむ権利がないのに「トレパクだ」「謝罪しろ」と騒ぎ、炎上させた第三者です。
トレパクの可能性があるカットについて情報をもらったことに感謝するのはやったらいいと思いますし、「著作者との合意により、〇〇のシーンは差し替えとなりました」くらいなら、報告すれば作品のFANは安心するでしょうが、それすら義務ではありません。舞台裏を全部明かす必要がないのと同じことで、舞台裏が見えないことでその作品を見限るかどうかはそれぞれの視聴者が決めることです。
企業は、モンスター顧客より、まずは一緒に仕事をするスタッフの尊厳を守るべきだと思います。

著作権の所有者は、自分の作品が模倣されることについて、訴える権利もありますが、黙認する権利もあります。
2016年12月現在、著作権違反は親告罪です。
これは、その「許可」が、かならずしも事前に得られていなくても良いことを意味します。事後承諾になってしまっても、権利者がOKを出してくれれば具体的な問題は発生しません。

もちろん、許可が出なかった場合の痛手や、相手へのリスペクトを考えたら、事前に許可を得るべきなのは言うまでもありませんし、著作権法の理念を考えてもそうすべきです。
しかし、次の「著作権の悪用」の項でも触れるように、実は全てのケースに対して事前に許可を得るのは不可能です。
さらに、トレスに至っては、どこからが著作権侵害になるのかの判断が難しいという問題があります。
制作側がOKと思っても、誰かが自分の著作権を侵害された、と訴えてくることはあり得るでしょう。
現実には、著作権侵害を訴えて裁判を起こしても敗訴するケースはたくさんあり、そういうケースを知っている製作側が、最初からこれは著作権侵害には該当しない、と判断して許可を求めずに使用することもあるでしょう。

訴えが製作者に届いた時点できちんと話し合いに応じ、対価を支払って使用権を買うなり、間に専門家に入ってもらって客観的に著作権侵害が発生していないことを説明するなりして、相手がそれを受け入れてくれれば良し。
対応を間違って相手を怒らせれば話し合いが長引いて和解にこぎつけるのが大変になる、あるいは裁判となって法廷で決着をつける、という話であって、これはあくまで当事者同士の問題にすぎません。
著作権を有していない第三者には、もともと口をはさむ余地はないものです。

著作権違反は、著作者が違反を訴えて初めて成立する違反です。
そして、もう一つ大切なことは、著作権とは、著作権をもつ人間以外の第三者には違反を訴えることができない(第三者による著作者の権利の代弁は許されない)権利だということです。
このことは、たとえばYouTubeで違反動画を見つけても、その違反動画の権利保持者でない限り、違反通知すらできない、といったシステムで、すでにご存知の方もいらっしゃると思います。

ですので、著作権者が違反を訴えていない時点で、第三者が違反を糾弾するのは、法的にいえば、起訴が決定していない時点で捜査線状に上がっている誰かを糾弾するのと同じことであると、私は思います。

たとえば、自分が受けとるべき財産について、まったく見も知らない誰かが勝手に誰がいくら受け取るべきだとか、だれだれの許可を得るべきだとか、ネット上で騒がれたら、どんな気持ちがするでしょうか。
そのことで、周囲との関係がうまくいかなくなるかもしれません。
内々に話をすすめるつもりだったのに、明るみに出ることでかえって手続きが煩雑になることもあるかもしれません。
私なら「私の権利なのに、なぜ私が会ったこともない第三者が勝手にネットで議論しているのか、協力が必要ならこちらから情報発信して協力要請するから、それまで行動を起こすのは待って欲しい」と思うと思います。

もちろん、これはあくまで私の意見で、模倣されたと感じる作家の皆様の意見を代表するつもりは毛頭ありません。
しかし、著作権法との兼ね合いを考えると、当事者である原作者(権利者)に著作権違反の疑いがあるコンテンツを知らせるくらいのことはしても良いと思いますが、その先どう行動するかは、権利者の判断に委ねるべきなのではないか?と思います。

まとめると、

  1. この絵はAさんの絵(写真)をトレースしているように見える、と呟いたり、ブログに比較画像を上げる
  2. Aさんに、トレースが行われたと思われる絵について報告する

というところまでは、あくまで自分の意見を表明するだけなので原作者の権利侵害にはあたりませんが、

  1. この絵はAさんの絵(写真)のトレパク、著作権違反だと断言して非難する
  2. 制作会社側に詳細の公表を要求する

の2つは、原作者だけが持つ権利ですので、他人が行使することはできない、ということです。
3.は著作権違反とみなすかどうかの決定権を握っているのは原作者だけですし、4.についても、原作者が内々に解決したいと思っていた場合の選択肢を狭めるからです。


こういうことを書くと、著作者は今後の自分の仕事への影響を考えて簡単には訴えることができないのだ、という批判もあるだろうことは重々承知しています。
しかし、著作権とは、財産権の一部です。
財産は自分で守らなければなりません。家や土地を見知らぬ誰かに守ってもらうことができないように、著作権も、自分で守る意思を持たなかったら、誰にも守ってもらえないものです。
多くの声が必要なら、ネット上なりなんなりで、拡散の協力を頼めば良いですが、あくまで、世論に動かされてそれに乗っかるのではなく、著作者が自分の作品への誇りをかけて、主導者であるべきだと、私は思います。

著作者が、著作権違反に対して声を上げるということは、自分の作品に対する覚悟を示すことでもあります。
自分は誰の真似もしていない、自分の労力と時間と経験と、インスピレーションの全てを注ぎ込んで、ようやくこの作品は生まれたのだ、という自信と自負を示すこと。
そして、同時に、その主張が認められなかったときには、自分の作品のオリジナリティが否定される結果を受け入れる、というリスクも背負うものです。
そうでなければ、他人の創作に対して、なにか物申すことなどできないはずです。

だからこそ、私は、そのような覚悟のない第三者が、著作者の権利を代弁する行為に、なんとも言えない違和感を感じるのだと思います。


5)著作権の悪用について

以前こちらの記事でキレてぶちまけたことがありますが、著作権というのは、その性質上、悪用ができてしまいます。
(リンク先の記事は2013年のもので多少古いです。今はYouTubeも多少システムを改善しているようです)

どういうことかというと、自分が「著作権を侵害された」と思ったら、訴えるだけなら誰にでも権利がある、ということ、そして、それに異を唱えないことで、自動的に相手の主張を認めることになるケースが存在する、ということです。

これを利用して、2013年ごろ、YouTubeで広告料の荒稼ぎをする団体がいくつも現れました。
つまり、手当たり次第に著作権違反の申告をし、申告した相手がそれに気づいて反論してくるまでの間、自分に収入が入る広告を表示させてしまうのです。

気づいた人は違反報告が根拠のないものであることをYouTube側に通達して広告を削除できますが、気づかない人も多いでしょうし、知らない団体から文句をつけられたことに怯えてしまって、もともと使用していた楽曲をとりやめ、YouTubeが提供する楽曲に変えてしまった、などの例もあります。

ここまでくると、完全に著作権の逆侵害の様相ですが、著作権が財産権の一部であって、基本訴える側と訴えられる側の取り決めでどんな結果もあり得るからこそ、そういうことが可能なのです。

二者間の財産をめぐる合意に、「こうあるべき」は存在しません。
訴えられたときに、自分が正しいという主張を貫けなければ、相手の主張を飲むしかありません。
いくら外部の人間が見て「それはおかしい」と思っても、当事者間で合意が得られたのなら、第三者がとやかく言える話ではありません。

トレパク炎上問題で、私が一番危惧するのは、この部分です。
先のYouTubeの例は、まだ著作権を持っている(と主張する)団体によって行われていましたが、トレパク騒動は、その著作権すら持っていない人々によって煽られ、オリジナルの作者(だと一方的に噂をたてられている人々)の意思に関係なく炎上し、その炎上を食い止めるために企業が折れる、という事態に陥っています。
もちろん全てがそうではなく、あきらかに著作権違反、というケースもあるのは承知していますが、それですら、権利者がそれを違反だと申告しなければ、外野が口をはさむような問題ではないのです。

私は、これも、著作権の悪用の形のひとつなのではないか、と思っています。



以上、漫画やアニメのトレース問題について、以前から考えていたこともあり、雑感をまとめてみました。
素人の雑感ですので、間違いや思い違いは多々あると思います。その際は、あまり喧嘩腰にならずに(笑)ご指摘いただければ幸いです。

私は多少音楽の著作権について関わる機会があり、その際に、音楽を創作される方々や、ときには出版社の方々でさえ、著作権法をあまりよくご存知ないとおもわれる現場をいくつか拝見しました。そのなかで、よく分からないがゆえに、炎上を恐れて必要以上に自分たちの権利を制限している、と感じることもいくつかありました。

もちろん私自身、ただの門前の小僧で詳しくはほとんどわかっていません。
私の理解が甘いのは私がポンコツなせいですが、一方で、著作権、知的財産権はそう簡単に全貌が見えるような権利ではないことも事実です。ちょっとwikiを読んだくらいでは理解は難しいです。
ネットで安易に他人の著作権について議論する前に、やはりきちんと自分がどのような権利について語ろうとしているのか、勉強すべきではないかな、と思います。

あまり著作権法に詳しくない製作者の方が、やはりあまり詳しくない第三者のネットへの書き込みによる炎上のために、本来手放さなくても良い権利を手放してしまったり、自粛してしまったり、ということが常習化すると、クリエイターの現場が萎縮してしまうのではないか、ということを危惧しています。

私のような素人ではなく、専門家の方々に、この問題についてきちんと議論をしていただきたい、と切に願うところです。

※コメント欄は開けておきますが、実はこのブログほとんど自分でも見にきてないので、レスは大幅に遅れることがあります。また、内容によってはかならずレスができるともお約束できません。ご容赦ください。


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by lily_lila | 2016-12-28 10:17 | 著作権関連 | Comments(0)
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